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 ベッドの上で、もつれ合い。  松葉瀬と矢車は、お互いを抱き締め合っていた。 「ほんと、センパイってサイテーですね。どうしようもない俺様すぎて、笑えてきます」 「ベソかいてたガキが、よくもまァそんな台詞吐けるな。尊敬モンだ」 「センパイこそ、いい年して恥ずかしくないんですかぁ? そういう俺様キャラが許されるのって、ギリギリ高校生メインの少女漫画ヒーローだけですよぉ? 恥ずかしいなぁ、成人男子ぃ?」 「咬むぞクソガキ」  矢車の首筋に、松葉瀬は顔を寄せる。  鼻先を擦りつけられた矢車は、口角を上げた。 「どうぞぉ?」  矢車の返事を聴いた松葉瀬は、顔を上げる。  距離を開き、二人は互いの顔を見つめ合った。 「ボクは、センパイの番になりたかった。センパイだけのオメガに、なりたかったんです」 「へェ」 「つれないなぁ? さっきはあんなに情熱的だったのにぃ」  これ以上離れてしまわないよう、矢車は松葉瀬の首に腕を回す。 「センパイ、お願いします。……オメガであるボクに、意味をください」  口角を上げて、目を細めている。  しかし、矢車は。  ――震えていた。 「センパイとなら、オメガにとって絶望だらけなこの世界も……気持ちいいって、思えるんです。……だから、センパイ。絶望の先にある希望を、見せてください」  回された腕から、矢車の震えが伝わる。  虐げられ、最下層の生き物に見られ、ただただ浪費されるオメガ。  生き恥を晒し続け、無様な姿を晒すことしかできない矢車でも……世界に、希望を見出したかった。  その相手に選ばれたのは……皮肉なことに、松葉瀬だ。  誰よりも第二の性を嫌い、誰よりも己のアルファ性を呪った男。  そんな松葉瀬だからこそ、矢車は……絶望の先にある希望を、見つけられたのかもしれない。 「……テメェの方こそ、気色悪いんだよ。なにが『絶望の先にある希望』だ。詩人気取りかっての」 「そんなボクのことが好きなくせにぃ」 「笑えねェ冗談言ってるんじゃねェぞ、クソビッチ」  逼迫した状況の中で、二択を迫られると……人は、どちらかを絶対に選ばなくてはいけない気になるらしい。  そんなことを今更思い出したって、松葉瀬にとってはどうでもよかった。 「……目、閉じろ」 「咬んでくれるんですかぁ? 嬉しいなぁ」 「アホが。そうじゃねェ」  頬に手を添えて、松葉瀬は口角を上げる。 「テメェの大好きなキスでもしてやろうかって気になったんだよ。されてェなら、ありがたく目を閉じとけ」  一瞬だけ、矢車は目を丸くした。  しかし、すぐに。 「ほんっと……センパイって、カッコ悪ぅい」  矢車は目を閉じた。

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