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体を繋げ、逃げられないように押さえ込んで。
松葉瀬が矢車を咬み、番にしてしまうことは……容易だ。
しかし松葉瀬は、うなじから視線を逸らす。
「……センパイ」
「今言うんじゃねェよ。……下手したら萎えるぞ」
「でも……っ」
「いや、分かってる。……分かってる」
もう一度、松葉瀬は矢車のうなじを見つめた。
そしてそこを、指で撫でる。
「俺は今、テメェを番にすることなんて容易くできちまう。……だから一度だけ、拒否権をくれてやる。使うか使わねェかは、テメェ次第だがな」
「センパイがボクに拒否権とか……珍しいこともありますねぇ?」
「うるせェっつの」
「ん、っ」
体を揺すると、矢車が息を呑む。
「は、あ……っ。……珍しく、優しいじゃないですか。……それとも、保身ですかぁ?」
松葉瀬を振り返ったまま、矢車は微笑んだ。
「恩着せがましくて、傲慢でクソなセンパイから貰ったものなんて、使いたくありません。……それに、ボクはセンパイに咬まれて……絶望、したいんですよぉ……っ?」
それは、明らかな挑発。
咬まれることによって、オメガ側に生じる負担を……松葉瀬は、知らない。
知っていてなのか、それとも矢車も知らないのか。
矢車はわざと、気丈に振る舞った。
「……一個だけ、いいこと教えてやるよ」
「はい……?」
指で撫でていたうなじに、松葉瀬は顔を寄せる。
舌で一度だけ舐めた後、松葉瀬は呟いた。
「――テメェの顔。割とタイプだったぜ。……入社した時から、ずっとな」
矢車が返事をする前に。
――松葉瀬は思い切り、矢車のうなじを咬んだ。
「――っ!」
瞬間。
「あ……っ! うっ、あぁ、あぁア……っ!」
矢車が体を、強張らせた。
松葉瀬の歯が食い込むと、矢車は更に体を硬直させる。
「うぐっ、うぅ、はっ! あっ、ぁああっ!」
シーツを強く握り締め、今まで聞いたこともないような悲鳴をあげて。
矢車は松葉瀬からの行為を、必死に耐え始めた。
(矢車……ッ)
どれだけの痛みが、矢車の体を襲っているのか。
松葉瀬には、想像もできない。
「いっ、うぅ……っ!」
後孔の締めつけだけではなく、喉から漏れ出る悲鳴でさえ……矢車が発する言動全てが、苦痛を訴える。
そんな中……ただ一つだけ、松葉瀬にも分かることがあった。
それは。
(――何だって、今……こんなにコイツが、愛しくて仕方ねェんだよ……ッ!)
番の契約を果たした、この瞬間から。
「う、う……っ! は、あ……っ!」
目の前で震える矢車が。
松葉瀬の目には……愛しく見えて、仕方なかったのだ。
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