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 うなじから顔を逸らし、松葉瀬は矢車を、強く抱き締める。  愛しさと、矢車を心配する気持ちからの行動だ。 「はっ、あ、ぁ……っ」  矢車はその細い体を何度も震わせて、浅い呼吸を繰り返す。  瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。  そして、落ち着きを取り戻したのか。 「――ひ、どい……っ」  矢車はそう呟き、泣き始めた。 「こんな、こんなのって……ひどい、ひどいよぉ……っ」 「……オイ、矢車……ッ?」  ――まさか、本当は番になることすら嫌だったのではないか。  今更になって矢車の真意を見誤ったのかと、松葉瀬は不安になった。  しかし……違う。 「――こんなに、センパイのことばっかり考えさせるなんて……ひどい、アルファって……ひどいよぉ……っ」 「……はァ?」 「嫌い、センパイなんて大嫌い……っ。サイテーです、酷いです……ふっ、うぁ、あ……っ!」  ポロポロと泣き出す矢車を見て、松葉瀬は絶句した。 (コイツ、何て理由で泣いてんだよ……ッ?)  矢車はシーツに顔を押しつけ、シクシクと泣き続ける。 「あのな、アホ。……俺も、同じものを感じてるんだが」 「そんなの、知りませんよぉ……っ」 「ダボが」  泣きじゃくる矢車の顔を、松葉瀬は自分の方へ無理矢理向けた。  ベソベソと泣く矢車の口に、触れる程度のキスを落とす。  唇が離れると、矢車はまたもや泣き始めた。 「いつも、ブスって言うくせに……あんな時だけ、カッコつけて……酷いです、ひどい……っ」 「それ以上言うとキスしねェぞ」 「ひどいですぅ……っ」  しかし、矢車はそれ以上なにも言わず……すんすんと鼻を鳴らすだけ。  それすらも愛おしく思えて、松葉瀬はもう一度キスをした。 「自分勝手で、身勝手極まりない……下劣で、最低の下等アルファなセンパイに……咬まれて、番になって……っ」  唇が離れると、矢車はシーツを強く握る。 「――本当に、絶望的で……幸せ、です……っ」  今度は、松葉瀬が目を丸くした。  矢車から、純粋な好意を……初めて、向けられたのだから。 「……お前、どんだけ俺のこと好きなんだよ」 「はぁ? 今の聴いて、どこをどう間違えてそう解釈したんですかぁ?」 「耳、赤いぞ」 「うるさいなぁ……っ」  シーツに顔を埋めた矢車の耳を、松葉瀬はつまむ。  そうすると、まるで観念したかのように……矢車は、囁く。 「――そんなの、初めて会った時から……ずっと、ですけど」  思わず、耳を強くつねる。  すると矢車が「痛いですっ!」と悲鳴を上げたが、松葉瀬にとってはそれどころではなかった。

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