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「伊澄…、悪い今日も先帰ってていいから。」
「おう、頑張れよ。ぶちょーさん。」
本格的に動き始めたオカルト研究部は、ここのところ毎日活動している。部長の真尋は実験、話し合いのための資料探しや、備品に関する部費の計算などで忙しいらしく、最近は昼飯の時くらいしか一緒にいれない。
まあこうなることは分かってたけど、いざ真尋との時間をごっそり抜かれるとなんだか毎日味気なくて。
真尋が他の人と趣味を共有できて、さらには研究に時間を費やせるようになったのは俺としても嬉しいことだ。
それでも、なんだかなぁ…。
悶々とした気持ちで下駄箱を開ける。
スニーカーを適当に床に落として、踵の部分を踏みつけて履く。上半身を折って直すのがめんどくさくて、歩きながら踵を直した。
ふと空を見ると、一面が薄っすらと茜に染まっている。
そういえば真尋、秋の空は高いって言ってたなぁ。
季節の空を意識したことがなかったから、この空が高いのか低いのかも分からないけど、確かに澄んでいて綺麗だ。
あいつってたまにオカルトが好きなのか、うんちくが好きなのかが分からなくなる。それくらいに知識の幅が広いのだ。
真尋のおかげで毎日余計な知識が増える一方だが、何気に面白いと思っている。どうでも良さそうで絶妙な内容の真尋の話。
最近は何話したっけな。なんて考えれば考えるほど心の隙間が広がっていくように感じて、ふう。と軽くため息をついた。
西日が視界を照らして影を伸ばす。
寂しいと感じるのは、きっと夕暮れのせいだ。
昼食に食べているメロンパンを片手に、眉間にシワを寄せながら本を読む真尋。後頭部や瞼を擦りながら読む姿はまるで、テスト内容を一夜漬けで叩き込む学生のように見えて。
ぽろぽろとメロンパンのフチがこぼれていく。
「真尋、パンこぼれてるよ。」
「ああ、ほんとだぁ…。」
「普段本なんて読まないのに珍しいじゃん。なんの本読んでんの。」
「……あ、アミノ酸…。」
「アミノ酸……?」
急にどうした。理科実験でもやるのか。
「なんかさ、この前部活で話してた時、生命はアミノ酸から始まったって鈴木が言ってきたんだよ。
俺そーゆーのは専門外でさ、全く分かんなかったんだよね〜。それでね、とりあえずこの本読んで勉強して来いって言われちゃって。」
ツッコミどころが山ほどあるが、部員のために専門外の分野まで勉強をしてるということは分かった。
というか、オカルトと科学って真逆の位置にあるんじゃないの?混ぜるな危険じゃないの?
様々な疑問が飛び交う中、でもさ。とパンをかじりながら真尋が口を開いた。
「アミノ酸ってずーっとずーっと昔の海の奥底で沸いてただけなんだって。それが進化の過程で植物や動物に変わっていって、さらには意思まで持ちはじめてさ…。
今でも俺たちの体内にアミノ酸はいっぱいあるらしいよ。なんか…なんか…すごいよねぇ…。」
目の下にクマを浮かべながら、うっとりと言った表現が似合う様子で語る真尋を見て、こいつだいぶキてるな…。と思ってしまった。
アミノ酸ね。すごい細胞だったんだね。
「だいぶ調べ込んだね。こんなに調べて、また何か新しいことでもするの?」
「………。あれ、俺なんでアミノ酸のこと調べてたんだっけ……?」
「は?!訳もわかんないのにずっと読んでたの?!」
「いや、ちゃんと理由があったはずなんだよ〜〜。なんだったかな〜〜。」
「おいおい、しっかりしてくれよ……。」
くしゃりと前髪を掴んでえへへ…。と疲れきった笑顔を浮かべる。
「あんま無理すんなよ。手伝えることは手伝うから。」
「ありがとう〜。ねね、もう少しアミノ酸について聞いてくれない?」
「いや、もういいわ。」
ずい、と乗り出してくる真尋を制止して、話を止めた。
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