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第5話
陣内が事故に遭って、数日間が過ぎていった。
トラックとの接触事故だったにも関わらず、陣内もトラックの運転手もその怪我は軽症の部類だった。特に、陣内は道路に飛ばされたらしいのだが、右腕の骨折に、右足へ軽いひびが入ったぐらいで、ある意味、運が良かった。
「柚木? 今日も、来てくれたのか……」
「あ、起こしちゃった?」
柚木は1日に1回、こうして、病室の陣内に会いに来てくれる。
だが、特に何か特別なことをする訳ではない。柚木は病室にお見舞いの品を持って訪れるのだが、白くて、良い香りのする花を持ってきてくれる。日によって、その花が高価そうな菓子箱や面白そうな本やバイクの雑誌に代わっていたが、柚木の表情はどこか陰のあるものだった。
「……」
よく見れば、彼は少し痩せたのではないだろうか。
元から細身ではあったが、陣内には何だか、疲れているように見えた。
「柚木……大丈夫か?」
陣内は思わず、そんな事を口走っていた。正直、会いに来てくれるのは嬉しい。
しかし、陰がある笑顔をし、どこか辛そうに見える彼の顔が辛かった。
「ああ、実は、家がゴタゴタしてて」
「ゴタゴタ?」
「あ、ゴタゴタっていうか、研究業じゃなくて、民間に就職する事にあまり良い顔されていなくてさ。まだ親はそうでもないんだけど」
柚木はいつものように笑い、花瓶の水を換えに行く。その柚木を陣内はずっと見ていた。今は彼の背中を見ているしかできないが。
陣内は病室に1人、残されると、あの時の事を思い出した。
あの時……それは陣内が柚木に告白された時だ。
『ジン? お前が誰かを好きになると、苦しむのは知っているよ。だから、僕の事は無理に好きにならなくて良い』
一方的な意思表示の後、柚木はテーブルから乗り出すように顔を陣内の唇へと近づける。柚木の柔らかい唇で、僅かに陣内の口元が揺れた。それに、微かに漂うアルコールの香りで嗅覚でもキスをしたのだと感じた。
「無理に好きにならなくて良い、なんて……」
柚木とは高校1年生から7年来のつきあいになる。人づきあいの苦手な陣内が傍にいて、気にならない、心地の良い相手。
それは唯一無二とも呼べる存在。
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