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芳賀の入学した私立大学は系列の幼稚園、小学校、中学校、高等学校が揃っている。大学は試験に合格すれば入学できるが、幼稚園に入園するには両親を巻き込んだ面接やら高額の寄附金が必要だと週刊誌に書かれていた。幼稚園に入ることができれば余程の成績不良や素行の問題が無い限り、寄附金を積めば大学まで進めるのだという。15年間の授業料と寄附金を合わせると、山手線の内側に戸建を買えるらしい。
その割には大学の授業料はむやみに高いというわけでもなく奨学金制度もあったから、大学からの入学者は様々な背景を持つ学生が集まっていた。それなりに難関の試験を突破した彼らは、エスカレーターで高校から進学してきた学生を「内部生」となんとなく差別的に呼んでいる。内部生の方も独自のコミュニティを作っていてそれ以外の者を「外部生」と呼んでいた。両者はゼミやサークル活動で交流があるし、個人単位では仲良く付き合っているのだが、上流階級とそうではない者という見えない壁は歴然としていた。
公立高校出身の芳賀も1年生の頃は外部生ばかりとつるんでいた、というよりも内部生と関わる機会がなかった。授業は大教室での講義ばかりだったし、サークルよりもバイトに明け暮れていたからだ。受験勉強をしてきた者としてのプライドもあって、「内部生は受験を経ていないから学力が低い」とまことしやかに囁かれていた。
確かに一部の内部進学者はそうであるのかもしれない。しかし皆が皆というわけではないと芳賀が内部生を見直したきっかけは、同じゼミにいた日比野の存在であった。彼が大企業の御曹司であることは誰もが知っていたが、お坊っちゃん然としたところは微塵もなく、深い考察の発表を行い教授が時にたじろぐような鋭い質問をした。
課題の多いゼミで図書館通いが欠かせなかったが、そこで言葉を交わすようになったことで、芳賀は日比野となんとなく親しくなった。付き合ってみると日比野はゼミで見せる顔とは違い、わがままで芳賀を振り回すようなところがあった。仕送りだけでは足りずにバイトをしている芳賀と違い、日比野は自由になる金がふんだんにあるようで、「奢ってもいいから遊びに行こう」と言われると、卑屈な気分とせっかくだから楽しみたいという気持ちがない混ぜになったまま芳賀は日比野についていった。自分ひとりだったら絶対に手を出さないちょっと金のかかる遊びを経験させて貰えるのだから、日比野が何を考えているのかはわからなかったが、せいぜい割り切って楽しもうと芳賀は考えた。
ひとり暮らしで親の目を気にしなくて良いから、金は無かったものの日比野に誘われるがままに、夜の街へと繰り出すようになった。初めてナイトクラブに連れて行かれたときには、緊張のあまり酒を飲み過ぎて酔い潰れてしまい、日比野に介抱されて家まで送ってもらう醜態を演じてしまった。日比野はさぞかし呆れただろうと思っていたが、しばらくするとまた声を掛けてきたので、彼が何を考えているのか芳賀にはまったくわからなかった。女の子の気を引くための引き立て役なのだろうかと分析してみたが、日比野はどの角度から見ても単独で光り輝いており、姿形だけでなく話術でも人を集めることができたから、芳賀がその場にいる意味が見出せなかった。
とはいえ、日比野に引き寄せられた女の子たちと多少は会話することができたので、芳賀としてはじゅうぶんに楽しめたし、あわよくば「お持ち帰り」ができたのである。
「あたしたち、N**女子大なんですけど、ふたりはどこの大学なんですか?」
「俺たちはK**大学だよ」
「ええ~、K**大のひともこんなところ来るんだあ」
「遊んでる奴けっこういるよ。なあ芳賀」
「うん、まあ」
「もう、芳賀さんもなにか喋って」
「こいつはそこがいいんだよ。朴訥な武士みたいだろ」
「ぼくとつ……って何?」
「寡黙で飾り気がないってこと。チャラチャラしてる俺とは正反対だね」
「そんなことないですよお」
日比野は遊び人を演じているが、やはり隠しきれない品の良さが滲み出ていた。自分に自信があるから、来る者拒まず去る者追わずの姿勢で、容姿に難があるようなグループが近づいてきても愛想良く接していた。それでいて、その日その店で一番の美人を連れて店を後にするのだから、大学生にして人心掌握術を心得ているとしかいいようがない。
そればかりか、
「君は背が高い男が好きなの?」
「そうですね~、高い方がいいかな」
「じゃあこいつ、185あるから。口下手だけど良い奴だよ」
などと意中の相手の連れを上手いこと芳賀に押しつけて、タクシーで何処かへ行ってしまう。残された芳賀と女の子は苦笑して別れることがほとんどだったが、たまに勢いでホテルかどちらかの自宅で一夜を過ごした。ほとんどはその場限りの関係で、ひとりだけその後も何回か会った短大生がいたが、それも音信不通になってしまった。
それは日比野も同じらしかったが、彼の容姿や能力であれば、あんなところで手に入る軽い女ではなく、もっと釣り合う相手がいくらでも近づいて来るはずだ。わざとそういう相手を避けているのかもしれなかった。
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