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その日は台風が近づいているために日が暮れる頃には雨足が強まっていた。クラブは営業していたが閑散としていて、文字通り「不作」だった。
「あーあ、つまらん」
ハイボールを一気に半分近く飲み干して、日比野は溜息をついた。
「今日じゃなくても良かったじゃないか」
皿に残ったオリーブのピクルスをピックで弄りながら芳賀は言った。とはいえ最近は行きずりの女の子と寝るというのも精神的に疲れていたので、引っ掛ける相手がいないというのは幸いだった。
「家に親父とお袋が揃ってるんだよ」
日比野は面倒臭そうに言って伸びをした。
「……芳賀、俺とホテル行かない?」
「なに言ってるんだ」
「ラブホじゃなくてちゃんとしたホテルだから」
「だってダブルベッドだろ」
「その気になればソファでも寝られる。なあ、予約しちゃってるんだよ」
よく考えれば芳賀が酔い潰れたときに日比野はそのまま芳賀のアパートに泊まって雑魚寝をしているから、特に違和感はない。ダブルベッドだって端と端に寝れば良いのではないか。
「わかったよ」
日比野は破顔し、店員を呼んで会計を頼んだ。
外に出ると土砂降りになっていた。駅前まで行っても客待ちのタクシーは無く、しばらく待っているうちに傘をさしていても足元がずぶ濡れになった。
ようやく来たタクシーに乗り込み、日比野は、
「T**ホテルまでお願いします」
と慣れた口ぶりで言った。運転手はバックミラーごしにふたりをじろりと眺め回した。
「……おい、一流ホテルじゃん」
「定宿だよ」
日比野は涼しい顔で答えた。クラブでナンパした女をいつもそこに連れて行くのか。芳賀にとっては癪に障るが、それで世間に金が回るなら、貯め込むよりよほど社会貢献になるかもしれない。
15分ほどで、タクシーは広い車寄せに停まった。
21時を回っていたのでロビーの客はまばらだった。クラブ帰りの服装(しかもずぶ濡れである)はかなり浮いていて、芳賀はなんとなく縮こまって歩いていた。対して日比野はコンビニで買い物をするかのようにチェックインを済ませ、荷物はないからとベルボーイを断ってカードキーを受け取ると、芳賀を伴いエレベーターに乗り込んだ。
10階で降りて絨毯敷きの廊下を進み、「1015」の表札がついたドアの前で日比野はカードキーをかざして解錠した。
「……すげえな」
中に通された途端、芳賀の脳内は感嘆符だらけになった。このホテルとしては平凡な部屋なのだろうが、シンプルで品の良い家具や皺ひとつないベッドのシーツ、洗面台には芳賀でも知っている海外ブランドの愛らしいアメニティグッズ、男でもなんとなくうきうきしてしまうのだから、若い女性の反応はそれ以上だろう。
「濡れて気持ちが悪いから、さっさとシャワー浴びちゃおう」
日比野はそう言って浴室に入っていった。
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