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10分ほどで日比野が出てきたので、今度は芳賀が浴室に入った。ずっと濡れていたので思った以上に体が冷えていたようで、熱いシャワーを浴びると細胞ひとつひとつが生き返るように感じた。
浴室を出ると日比野はすでに備え付けのパジャマを着てベッドに寝そべり、ニュース番組を眺めていた。
「台風は明日の朝には通過するってさ。電車はしばらく停まってるかもしれないな」
テレビ画面には風雨にあおられずぶ濡れになりながら実況しているレポーターの姿、白波がぶつかる防波堤、人影のない新宿駅南口の外観が次々と映し出される。明日の午後にはバイトのシフトが入っている。一度家に帰りたいのに間に合うだろうかと芳賀は不安になった。
「チェックアウトは11時だから 電車が動くまで居ればいい」
日比野はのんびりしているが、やっぱり帰ればよかった。芳賀は冷蔵庫を開け、──無料であることを確認して──ミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、一口飲んだ。
「ルームサービスでも頼む?」
「いや、大丈夫」
「まだ10時前だ。さすがに寝るわけじゃないだろ」
「うん」
水を飲みながら、芳賀はベッドの端に腰掛け、あらためて部屋をぐるりと見回した。
「いつもならここで女の子といいことしてるんだな」
「まあね」
「こんなところに連れて来られたら、その気がなくてもコロッといっちゃうだろうな」
「だろうねえ。俺がシャワーを浴びてる間、みんなおとなしく待ってるから」
「俺は逃げられたことあるよ、ラブホで」
「ははっ、キツいな。それでどうしたの」
「テレビのAVチャンネルで抜こうとしたけど馬鹿馬鹿しくなって寝ちゃった」
「お疲れ様」
日比野はリモコンでチャンネルを変えていたが、つまらなくなったのかテレビの電源を切ってしまい、部屋は沈黙に覆われた。
「日比野はさあ、付き合ってる子いないのか?」
「いたらナンパした女と寝たりしないよ」
「俺、お前に気がありそうな子ふたり知ってるけど」
そのうちのひとりに芳賀は淡い気持ちを抱いているのだが、振られるとわかっているのにアプローチする気にもなれない。
日比野は起き上がると、芳賀の横に座った。
「親父に言われてるんだ。学生の間は遊んでもいいけど、綺麗に遊べって」
「それって、どういうこと?」
半分ほど残ったペットボトルを芳賀から奪って飲み干すと、日比野は続けた。
「後腐れのないようにするってこと。深い仲にならない、犯罪沙汰を起こさない……妊娠させない」
「……」
「今は自由に恋愛しても構わないことにはなってるけど、結局結婚相手は親が決めるから、まともに付き合ったりするのは馬鹿らしいだろ」
「それはまあ……そうかもな」
今どきそんな世界があるのかと芳賀は驚いた。
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