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 台風の夜に起きたことは酔ったはずみであったと片付けてしまいたかったが、その日から芳賀の日比野を見る目はすこし変わってしまった。ただの友人として関係を続けていきたいのに、日比野の首筋や鎖骨が眼に入ると顔が熱くなってしまう。芳賀が散々口づけをした場所であったからだ。  日比野はいつもと変わらない様子で接していた。だからこそ、芳賀の方も忘れてしまおうと努力していた。台風の夜以来、芳賀はクラブ通いをきっぱりやめた。3年も後半だし、バイトのシフトにもっと入ってくれと店長に頼まれたから暇がない、というのが日比野への言い訳だった。日比野はわかったと答えたきりなにも言わなかった。別の誰かとクラブに行っているのか、彼自身も止めたかはわからなかった。  1ヶ月ほど経った頃、ゼミの飲み会があり芳賀も日比野も参加した。大学の近くにある学生や教員御用達の居酒屋で、味はともかく皿に山盛りの料理が出る。ランチメニューも学生向けの大盛りで、芳賀は毎日のように世話になっていた。散々飲み食いして騒ぎ、日付が変わる頃お開きになった。 「おい芳賀、泊めてくれよ」  日比野に呼びとめられて、さっさと帰ろうとしていた芳賀は焦った。嫌でもホテルでの記憶が蘇る。 「終電はまだだろ。タクシーだって……」 「いいじゃないか」 「また親御さんが家に揃ってるのか?」  日比野は答えず芳賀の肩を何度も叩いた。  芳賀の住んでいたアパートは大学から30分も歩けば着く距離だった。日比野は結局ドアの前までついてきた。 「ここまで連れてきて断るなんてことないだろ」 「勝手についてきた癖に……」  なんのためらいもなく日比野は部屋に上がり込んだ。相当飲んでいるはずだから、早く寝かせてしまおうと日比野を浴室に押し込んで、洗濯済みのパジャマをドアの前に置いた。しばらくするとパジャマの裾を引きずりながら日比野がリビングに入ってきた。 「ブカブカじゃないか」 「俺のだからな」  日比野の脇をすり抜けて芳賀は浴室に逃亡した。下着を脱ぐと、局部が少し大きくなっていた。冷たいシャワーで熱を抑え込み、必要以上にゆっくりと体を洗い、20分以上経ってから上がると、これまたゆっくり体を拭いてパジャマを着て、部屋を覗いた。  勝手に布団を占領した日比野は眠っているようで、枕に顔を押しつけていた。ホッとして灯りを消し、もうひとつの布団に横になったところで、首筋を触られた。 「……さっさと寝ろ」 「いいじゃないか、触るくらい」  服越しに胸や背中を触られ、せっかく鎮めた昂りが蘇ってしまった。 「感じてるのか」  からかうような声に腹立たしさを感じながら、芳賀は体を起こし、手探りで日比野に覆いかぶさった。    それから日比野はことあるごとに芳賀を誘うようになった。芳賀は困惑しながらも結局応じてしまっていた。  同性と関係を持つようになったものの、自分の性嗜好は変わっていないと芳賀は考えている。好みの顔の女の子には声をかけてみたいと思うし、ふくらんだ胸や白い太腿をみるとドキドキする。だが、女の子とセックスするときは優しくしなければとか自分をよく見せたいとか、理性と下心がない交ぜになって結局は中途半端な行為になってしまう。  日比野とはなんの(てら)いもないむき出しの欲望をぶつけることができる。同性であるがゆえに、何処に触れてほしいかあけすけに求め、汗と唾液と精液でどろどろになりながら互いを愛撫して、強烈な快楽を得るのだった。  日比野にとってこれは「綺麗な遊び」のひとつなのであろう。なるほど男相手ならば妊娠させることはないし、そう簡単に揉めることもないだろう。自分は日比野の気まぐれの相手で、他に何人もいるうちのひとりに違いない。プライドを第一に考えるならさっさと関係を改めて普通の友人に戻る(か関係を絶つ)べきであろう。情けないことに芳賀はそれができずにいた。卒業すれば、きっと日比野は離れていくだろう。それなら今は気まぐれに付き合ってやろうなどと優しさのような理屈をこねていたが、結局は快楽に負けてしまったのだ。  半年ほど経つと日比野の誘いは目に見えて少なくなり、芳賀はホッとしながらも一抹の淋しさをおぼえた。大学の構内では、後輩と思われる女子学生と歩く日比野の姿が見られた。

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