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 4年生になり就職活動が本格化すると、芳賀は卒論の下準備と採用試験に目が回りそうになっていた。何社か面接で落とされて悟ったのは、自分は特に要領が良いわけではなく地道に努力するしかない人間だということだった。東京の企業ばかりにエントリーシートを送っていたが、郷里の小さいけれど堅実な会社の方が性に合っているのではないかと思えて、7月の段階で内定を1社も得られていなかったので、芳賀は夏休み中は実家に帰って就職活動を続けることにした。  日比野はもちろん株式会社ヒビノに入ることが決まっていたから就活はいっさい行っていなかった。たまたま顔を合わせた時に冗談交じりに来年の4月からは役員になるのかと訊ねたら、いやそうじゃない、しばらくは営業をやるんだと真面目な顔で答えた。 「大卒ですぐ役員なんて反発してくれと言ってるようなものじゃないか」 「未来の経営者も大変なんだな」 「それよりお前は内定貰ったのか?」 「いや、まだ一社も……」 「芳賀は面接苦手そうだもんな」  図星なので芳賀は苦笑した。 「ヒビノにもエントリーシート送ったけど……そういえばなんの音沙汰もないな」 「うちは協定守ってるから。それでも遅いな、お前不備があって受理されてないんじゃない?」  的を射た推測に芳賀は腕を組んで唸った。それなりに志望順位が高い会社に対して、致命的なミスを犯していたのかもしれないのは、かなり痛い。 「まあ、エントリーシート書きまくってた時期だから、なにか漏らしたのかも……それなら即落ちだな」 「人事課に訊いてみようか」  勿体をつけるでもなく、夕食のおかずを訊ねるくらいの気軽さで日比野は言った。芳賀は日比野に頼る誘惑に駆られて考えこんだが、良心とプライドが辛うじて勝利した。不備のせいで返事がこないのならば、それは自分が悪いのだから仕方がない。 「そういうのはいいよ。東京は厳しそうだから、夏休みは地元に帰って就活しようと思う」 「向こうで就職するのか」 「採用されればね。うちは兄と姉が居るから、必ずしも帰ってこいって雰囲気じゃないんだ」 「お前、きょうだいがいるんだな」 「話してなかったか。兄貴は家の手伝いしてるから同居してるし、姉は結婚してるけどこどもを連れてよく遊びに来るもんだから家が常に狭くてさ……俺なんか邪魔者扱いだよ。東京で就職できるならしたいなあ」  日比野はやんわり微笑んだ。 「まあ、頑張ってこいよ」  これから教授と打ち合わせだから、と日比野は研究室のある棟へと歩いていった。院生とともに学会の手伝いをしているのだという。遊んでいるように見えて、彼は実力で教授の信頼を得ているのだった。 ──あいつはきっと優秀な経営者になるのだろうな。  平凡な自分との差を見せつけられた気分だったが、しょせん生まれ持ったものが違うと妬みすら感じなかった。芳賀はただ自らの将来に不安を覚え、まだ募集をしている企業を探すなんとも手応えに乏しい作業をするため帰路についた。

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