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8月中は故郷の地方都市で面接に奔走したが、何社か役員面接の手前にこぎ着けたところで後期授業が始まってしまった。いきなりサボる訳にもいかず、面接の日に再度帰郷することにして芳賀は東京に戻ってきた。
アパートの郵便受にはかなりの封筒や葉書が溜まっていた。大部分はダイレクトメール、残りは不採用通知で、半ば作業のように封を切っていった。
その中にヒビノからの封筒を見つけたときはやはり不採用通知だろうと思ったが、エントリーシートしか書いていないのに律儀に不採用を知らせることもないだろうといぶかりながら、三つ折りになった紙を開いた。
「採用面接のご案内」
なにが書いてあるのかすぐには理解できず、芳賀は何度も見返した。ようやく内容を全て読むと、なにを今更と腹立たしくなったが、まだ採用をひとつも貰っていない状態で贅沢は言えず、結局は面接を受けることに決めた。
指定された日に指定されたビルに行くと、そこからはとんとん拍子にことが進み、あっという間に内定通知が届いた。これまでの苦戦を考えると嘘のようで、なにかの間違いじゃないかと思うくらいだった。何人かの友人にヒビノに内定したことを伝えると、「ヒビノみたいな会社で今更面接があるのか」といった反応をされた。口にしてはいけないような気がして、芳賀は内定を得たことを周囲に話すのをやめた。次第に日比野が人事課に圧力をかけたのではないかと疑いだした。信じたくはなかったが、そう考えると辻褄が合ってしまうのである。
そのうちに卒論に本格的に取り組まなくてはいけなくなり、芳賀は図書館に通い始めた。経営学に関する書籍が並ぶ一角には、同じゼミの連中が本とノートパソコンを広げていることが多かったが、日比野の姿もあった。どう接して良いかわからず、芳賀は気付かれないように過ごしていたが、ある時ついに声を掛けられてしまった。
「就活はどうなった?」
「……知ってるんだろ」
「まあね」
日比野は澄ました顔で答えた。
「やっぱり」
「よかったじゃないか」
「……」
それ以上追及することはできなかったが、やっぱり日比野が一枚噛んでいると芳賀は確信し、同時に自分の人生が彼の掌の上にあるような気がして怖くなった。
その一方で、内定を蹴って就職浪人する自信も勇気もなく、故郷での面接も進展せず、情けない気持ちになりながらもヒビノに就職することが確定した。両親は末っ子が大企業に就職したので肩の荷が降りたと安心していたから、余計に複雑な心境だった。
芳賀はゼミには顔を出していたが、卒論の執筆は専ら自宅か近所の公立図書館でやるようにして、できるだけ日比野を避けるようにしていた。日比野の方も察したのか話しかけてくることはなくなり、メールも来なくなった。もし採用に日比野が絡んでいたら、最悪内定取り消しになるかもなと覚悟していたが、そのようなことも無いままに平坦な日々が過ぎていった。
年が明け卒論の提出が終わると、ヒビノでは内定者研修があ行われた。100人ほどの内定者が大きな会議室に集められていたが、その中には日比野の姿もあった。一番前で背筋をすっと伸ばし、壇上で講話する社長(要するに彼の父親である)をほとんど睨むように見つめている日比野は、堂々として上に立つ者の風格があった。創業者一族として当然のように入社していても、これなら反発する者もいないだろう。
その一方で、周囲に座っている内定者たちの志の高そうな──あるいは出世欲のありそうな雰囲気に、自分の採用は完全に日比野のコネだなと思い知らされた。
研修のあとに人事担当者との面接があり、配属希望を訊ねられた。芳賀は迷わず地方の営業所を希望し相手を驚かせた。ほかに希望者がいないから確実に配属されますよと言われたが、これで日比野から離れられるとホッとした。面接の相手はまだ若い女性社員だったが、彼女も自分のコネを知って内心軽蔑しているのではないかと、芳賀は卑屈な気分になった。
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