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第36話
俺はまた襲ってきた吐き気の波をやり過ごそうと、樹の方を向くと無理やり唾を飲んだ。
樹が大きな掌で俺の背中を撫で、冷や汗で額に張り付く前髪をそっとかきあげてくれる。
「大丈夫か?軽く摘まめるお菓子でも用意しようか?」
問いかけに小さく首を振り、樹の胸元に鼻を埋め、大きく息を吸い込んだ。
その香りを嗅ぐと、少しだけ気分が良くなった。
樹が引っ越して来てから俺のつわりが悪化し、俺達は肉体的には結ばれていなかった。
樹は不満げな様子は全く見せないが、お預けを食らわせている身としては申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「やっぱり卒業式に行くの辞めないか?真の卒業証書なら俺が貰ってくるし」
樹は心配そうに俺の顔を覗きこみながら言う。俺は思考を中断し、首を振った。
「行くよ。最後だろ。式が済んだら、産まれるまではゆっくりできるだろうし」
俺は結局大学は休学することにした。
そのおかげでこれからいくらでも寝て過ごせるし、その予定だった。
高校の仲のいいクラスメイトは事情を知っているだろうに、根掘り葉掘り質問したりせず、ただゆっくりと体を休めろとメールをくれた。
ちゃんと顔を合わせて、心配してくれた礼を言いたかった。
「真。分かっていると思うけど、お前と蔵元のこと、学校で話題になってる。染崎と蔵元が言い争っているのを聞いた奴が、その内容を言いふらしちまって。お前が妊娠してるのもばれた」
俺はごくりと唾を飲んだ。
ある程度予想はしていたものの、はっきり言われると明日の登校への不安が増した。
「俺は真が嫌な思いをする可能性があるなら、卒業式には言って欲しくない」
俺は詰めていた息を吐いた。
「確かに不安だし、嫌な思いもするだろうけど……でも俺、逃げたりしたくない」
俺は樹と間近で瞳をあわせた。
「罪のない産まれた子供を隠すようなそんな生活、俺はしたくないんだ」
樹が顔をくしゃりと歪める。
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