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第41話

「そういうんじゃないだろ。時と場所を考えろって」  ふいに吐き気が襲ってきて、俺は口に両手をあてた。  樹がすぐに俺を抱きあげると、野次馬に「どけっ」と怒鳴り、男子トイレに駆け込んだ。  げえげえと個室トイレで吐く俺の背中を樹が撫でる。  ようやく落ち着き、洗面台で口をゆすいでいると鏡越しに眉を寄せた樹と目があった。 「ごめんな。もう式が始まる頃だろ。俺また悪阻に始まったら辛いし、式は出ないで保健室で休んでる。樹は早く体育館行ったほうがいいよ」  樹は俺の隣に立つと、俺の両手の指先を掴んだ。  俺の凍ったように冷えた指先を懸命に擦り、息を吹きかける。 「樹、そんなの良いから。早く行けって」 「さっき、ごめん」  樹が項垂れる。 「お前のことになるとつい理性を失っちまう。どんな理由であれ、真に対して怒鳴りつけたりするべきじゃなかった。本当に自分が嫌になるよ」  樹がおずおずと顔を上げる。 「嫌いになったか?俺のこと」   俺はくすりと笑うと、樹の髪の毛をくしゃっとかき混ぜた。 「今更こんなことで嫌いになったりするかよ」 「お前だけだ。こんなにも俺から理性を奪えるのは」  そう言って、樹が俺に口づける。 「ダメだって。今ゲロったばかりだから」   俺の言葉は樹の口内に吸い込まれた。  遠く聞こえる校歌の合唱をBGMに、俺達は長い時間唇を合わせ続けた。

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