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第48話

 ゆっくりと一歩、一歩階段を降り、キッチンに向かった。  すでに俺の腹は大きくせりでていて、立っている状態だと自分のつま先さえ見ることが叶わない。  この頃は足の爪を自分で切ることもままならなくて、樹に頼んでいた。樹はその作業を楽しそうに行い、ついでに手の爪までやすりを使って整えてくれる。  樹は自分の爪はこれでもかというほど短く切りそろえているだけなのに、俺の指先には細やかに気を配ってくれた。  こちらに背を向けている父さんに声をかける。 「おはよう。また寝坊しちゃった」  父さんは振り向くとにっこりと笑った。 「おはよう。そりゃ仕方ないよ。俺も真が腹の中にいる時は寝てばっかりいたもん」 「じゃあ、その時は唯パパ慌てたんじゃない?唯パパ家事能力ゼロだもんね」 「いや、意外とあいつ、掃除も料理もできるんだよ。ただ面倒くさがってやらないだけで」  うちの家事のほとんどは家政婦さん任せだったが、料理だけは父さんが作った物を食べたいという唯パパの願望と、みんなで食卓を囲みたいという父さんの願望が一致し、父さんが主に担っていた。  たまに父さんが洗濯するのを唯パパが手伝うことがあった。  二人でシーツを干して、洗濯物の陰でキスをし、笑い合う。  あの光景を思い出すと、俺もつい笑顔になってしまう。  いつか二人みたいな夫婦になれたらいいな。  そんなことを思いながら、椅子に座る。 「樹、今日ゼミの発表だって。帰り遅くなるみたい」  そう告げた俺の前に父さんが座る。 「ああ、知ってるよ。俺に何度も真のことよろしくお願いしますって言って、でていったし。あと産まれそうになったら連絡欲しいって」 「まだ予定日まで一か月もあるのに、気が早いんだから」  俺が笑うと、父さんも口の端に笑みを浮かべた。

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