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第73話
冬は瑞樹さんに預けていたため、家には俺達二人きりだった。
樹には経緯を簡単にメールしてあった。樹からは今日は早めに帰宅すると先ほど返信を貰っていた。
「唯希」
呼びかけると、その細い肩がびくりと震えた。
俺はしゃがみこんで唯希に目線を合わせた。
「友達を突き飛ばすなんて絶対にしちゃダメだろう?友達が大怪我してたかもしれないんだぞ。一体何があったんだ?」
唯希はまつ毛を震わせると、視線を床に落とし、何も言わない。
「唯希っ」
焦れた俺が声を荒げると、唯希が顔を上げた。
空色の瞳から、大粒の涙が零れる。
「母さんだって本当は冬さえいればいいんでしょ?僕なんかいらないくせに」
俺は目を見開いた。
「そんなわけない。唯希のことをいらないなんて思ったこと一度もないよ」
「嘘つき。じゃあ、冬より僕の方が大事?僕の方が好き?」
「冬と唯希、同じくらい大事だよ」
「嘘だ。嘘つき。嘘つき。嫌いっ」
涙を零しながら、地団太を踏む唯希を見ていられなくて、俺は唯希を力いっぱい抱きしめた。
「嘘じゃない。俺は唯希のことが大好きだよ」
「冬よりも?」
「それは……」
返答に窮する俺の耳元でわあわあと唯希が泣き声をあげた。
「唯希が一番好きだ」
背後の声に振り返ると、スーツ姿の樹が立っていた。
「父さんは冬よりも唯希のほうが好きだ」
「嘘だっ」
樹がさっとこちらに近づくと、唯希を抱き上げた。
「嘘じゃない。俺は唯希が一番可愛いよ」
樹は辛抱強く同じ言葉を繰り返した。
ようやく泣き止んだ唯希が顔を上げる。
「僕、父さんの子供じゃないのに、可愛いの?」
唯希の問いに俺は息を飲んだ。
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