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第76話

「さあ、行こうか」  しかし唯希はそこから動かなかった。 「唯希?」  樹の問いかけに、唯希が首を振る。 「だめ。父さんだめだよ。冬を今すぐ病院に連れて行ってあげて」 「いいのか?今日は唯希の誕生日なのに、冬を病院に連れて行ったら外食もおもちゃもなしだぞ」  樹の言葉に唯希は眉を寄せ、しかしはっきり頷いた。 「弟の方が誕生日よりも大事だもん」  樹がふっと微笑む。 「そうか」  樹はさっと冬を抱き上げると、「保険証持って来て」と家から出て行った。  俺は唯希に近づくと、そっと頭を撫でた。 「いいお兄ちゃんだね」  唯希は無言で俺に抱きつき、肩を震わせた。  冬は病院で風邪と診断を受け、俺達は薬を貰って帰宅した。  外食をするのは無理だから、ケーキとチキンを買ってささやかな誕生日パーティーを自宅で行う。  薬を飲ませても泣きじゃくっていた冬だが、唯希に手を握られると途端に大人しくなり、眠りについた。  プレゼントは後日買いに行くことになったが、唯希はそのことに文句も言わずに自室に戻った。  その夜、俺はベッドの上で隣に横たわる樹に尋ねた。 「ねえ、もしあそこで唯希が冬を置いて、おもちゃを買いに行こうって言ったらどうしたの?」 「もちろんいったさ」 「熱のある冬をおいて?」 「ああ」  俺が微妙な表情をしているのに気づいた樹が自嘲するように笑った。 「真。俺は神様じゃない。正解なんて分からないけれど、自分で下した決断に責任はとるつもりだよ」 「それ、俺が唯希を産むって決めた時も同じようなこと言ってたね」 「ああ、そうだったな」  樹が俺のことを抱きよせる。  俺はその逞しい胸板に鼻を擦りつけた。  色々あって疲れ切った俺の瞼はすぐに重くなる。 「俺はただずっとお前を傍においておきたいだけなんだ」  どこか苦し気にも聞こえる呟きが耳に入った瞬間、俺は眠りに落ちた。

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