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第80話
マンション横の道路にはシルバーの外車が止まっていた。俺は助手席に座るように蔵元に言われ、その通りにした。
蔵元は運転席に座るとスマホを眺め、ため息をついた。スマホを胸ポケットにしまう。
蔵元はスーツ姿だった。
これから仕事にでも行くのだろうか。俺に話があるならさっさと済ませて欲しかった。
樹。心配しているよな、きっと。
唯希から蔵元がマンションに現れたことは聞いただろう。
一刻も早く家に帰って、なんでもないよと笑いながら、唯希の作ったホットケーキを食べたい。
そう思って俺は表情を引き締めた。
「一体、どういうつもりだよ。こんなところまでやってきて」
俺の質問に蔵元が片方の眉をつり上げる。
「親が子供に会いに来るのに理由なんて必要ないだろ」
「子供って」
俺は唖然として蔵元を見つめた。
いくら十年以上前の話とはいえ、こいつは卒業式の日に自分が俺に放った言葉を忘れたんだろうか。
「アンナが子供を産んでね」
「そ、それはおめでとう」
唐突に話題を転換する蔵元についていけず、俺は頭の中を疑問符だらけにしながらもなんとか返答した。
「おめでたくなんてあるものか。産まれたのはベータの女だったんだぞっ」
まるで人が変わったように犬歯を剥きだしにして怒鳴る蔵元に、俺の体がびくりと震える。
「ベータなんてなんの役にも立たないのに。その出産のせいでアンナは二度と子供が授かれない体になってしまうし。本当に最悪だよ」
くしゃりと自分の髪をかき混ぜ、吐きだす様に蔵元が言う。
ふいに蔵元がこちらをぎろりと睨みつけた。
「ああ、最悪なのはもっと以前から……お前が俺の子供を身ごもってからだったな。俺の親の会社もアンナの親の会社もあれから業績が少しづつだけれど傾き始めてね。真綿で首を締められるっていうのはこういうことをいうのかな。俺に引き継いだ時点で事業は火の車さ。なのに全ての負債を俺のせいにしやがって。ちくしょう」
蔵元が拳で強くハンドルを叩く。
大きなクラクションが鳴り響き、俺は体を固くした。
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