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第86話

それから俺と樹の間には目には見えない壁ができた。  俺が話しかけたら樹は答えてくれるし、いつも通り積極的に家事や育児を行ってはくれる。  けれど行ってきますのキスやハグはなくなったし、寝室での二人の会話も皆無だった。  あれから樹は唯希に自分の本当の父親について話して聞かせた。  唯希は頭の良い子だ。  蔵元について適当に誤魔化そうとしたって、あの子は何かしら勘付くだろう。 他の誰かの口から真実を知るより俺達から伝えた方が唯希にとってもいいはずだ。  そう俺に言って樹は唯希に出生の秘密について語った。  流石に初ヒートの時に俺の自衛が足りず、蔵元が本能に負け、唯希が宿ったことについては樹はオブラートに包んで話した。  ベータやアルファ、オメガの性質については小学校に入学してから繰り返し保健の授業で習う。  唯希は樹の話を理解したうえで、取り乱したりはしなかった。  ただぽつりと「僕はアクシデントでできた子供なんだ」と呟いた。  俺はそれを聞いて胸が痛くなったが、なんと声をかけたらいいか分からなかった。  樹は時間が解決することを願うよとだけ俺に言った。  それからの唯希はどこかぼんやりとしていた。思いつめた表情をすることもあったが、自分の胸の内を決して俺達に明かしてくれはしなかった。 「いっそ前みたいに泣きわめいてくれたほうが助けることもできるのにな」  そう呟く樹も唯希にどう接するのが正解なのか、悩んでいる様子だった。  俺は唯希にもう一度蔵元がお前に会いに来る可能性があるけれど、話しを聞いたり、ついて行ったりしないように頼んだ。  唯希は何か言いたげな表情を見せたが、それでも渋々頷いた。  俺も樹も蔵元が唯希を取り返したがっている件については、本人に伝えられなかった。  唯希が蔵元を選ぶ可能性はないと分かっていたが、実の父親がアルファだからという理由だけで自分を欲しているなんて、唯希の耳には入れたくなかった。  唯希からしたら蔵元は自分そっくりな生物学上の父親なわけで、無視をしろというのが酷な頼みと分かってはいた。  上手く唯希を傷つけずに話せない自分自身に、俺は苛立った。  そんな風に俺達家族がどことなくギクシャクしているなか、冬だけが屈託なく笑い、元気いっぱいだった。

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