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第88話
唯希の名前を呼びながら川沿いを走っていると、近くから女性の叫び声が聞こえた。
顔を上げると、すぐ側の橋の中ほどで女性と樹が言い争っているのが見えた。
何を言っているのかまでは聞こえなかったが、女性の傍には大柄な男性が立っており、その肩に唯希を担いでいた。
「唯希っ」
俺は叫んで近づいた。
その時だった。
男は唯希を抱え上げたまま欄干に近づくと、荷物のように橋から唯希を落とした。
俺は目を見開いて絶叫した。
高さはそうない橋とはいえ、落ちたら無事では済まないだろう。
その瞬間、樹は全く躊躇せずに自分も橋の欄干を超えた。
樹が唯希を捕まえようと手を伸ばす。
お願い。助かって。
俺の声のない祈りがどこかに届いたのだろうか。
あり得ないことだが、一瞬二人の体が空中で止まったように見えた。
「えっ?」
俺が瞬きをするとまた二人の体は落下を始めたが、一度宙で止まったせいか、落下速度は随分ゆっくりとなっていた。
ばしゃんと大きな音がして、水飛沫があがる。
頬に水の冷たさを感じた瞬間、俺は走りだしていた。
川岸までくると、樹が泳いでこちらにむかってくるところだった。
その腕の中には唯希がいた。
俺はまず唯希を受け取ると、その体を抱きしめた。
意識は失っていたが、唯希の胸からは力強い鼓動を感じる。
「救急車呼んでくれるか?」
自力で岸に這い上がった樹に言われて俺は慌ててスマホを取りだした。
場所を伝えると、すぐに救急車が向かうとのことだった。
「樹」
俺の隣で、濡れた髪をかきあげている樹に声をかける。
樹が橋の上を指さした。
「染崎の仕業だった」
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