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第89話

橋の上にはぺたりと座り込んだ女性の姿が見える。 「染崎って……まさか蔵元が指示して」 「いや、染崎は蔵元が唯希を引き取って育てようとしているのが我慢できなかったらしい。唯希さえいなければとか、私はこんな子の親になるつもりはないとか。散々喚いていた。唯希も怖かったと思うよ」 「そうか、でも」  俺の腕の中で眠り続ける唯希をもう一度抱きしめる。 「本当に本当に無事で良かった」  樹が微笑み俺の頭を優しく撫でた。 遠くから救急車のサイレンが風に乗って聞こえてくる。  病院に運びこまれた唯希は割とすぐに目を覚まし、俺と樹を見るとほっとした表情を浮かべた。  唯希は学校帰りに染崎から蔵元のことをもっと知りたくないかと声をかけられたらしい。唯希は好奇心に負け、言われるがまま染崎の車に乗ってしまった。  染崎は終始イライラして運転席の部下と思われる男に怒鳴り散らしたあげく、怖くなった唯希が降ろしてくれと頼んでも、聞こえないとばかりに無視をしたらしい。  唯希が泣き始めると染崎は煩いと怒鳴り、あの橋の上で車を止めた。 車外に唯希を連れだした染崎は、俺が蔵元に一方的に熱をあげ、唯希を妊娠し、出産したせいで蔵元と染崎がどれだけ嫌な思いをしたのかを滔々と唯希に語り続けたそうだ。  そうしているうちに、樹が唯希たちを発見し、樹と染崎が言い争い始めた。  染崎が部下に、唯希を橋から突き落とすように指示した時は、流石に怖かったと唯希は声を震わせた。 「でも落ちた瞬間、隣にお父さんが見えたから、大丈夫だって思えた」  唯希は眠そうに続けた。 「お父さん助けてくれてありがとう」  樹は微笑むと、唯希の頭を撫でた。 「少し眠ったほうがいい」  そう言われて唯希は目を閉じると、すぐに寝息をたて始めた。

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