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第90話
唯希は打ち身の一つもなかったが、様子見で入院。樹は特に問題がなさそうなので本人の意思を尊重し、帰宅することになった。
「あんな高さから落ちて二人とも擦り傷一つない。これは奇跡ですよ」
俺達は医者の言葉に顔を見合わせた。
俺も樹もあの時一瞬、時間が止まったように感じたのを知っているからだ。
でもそのことには、あえて触れなかった。
無事だったのはいいことだし、あの時起きたことを馬鹿正直に話しても誰も信じてはくれないだろう。
ただ病院に駆け付けた唯パパと父さんには興奮した俺が、時が止まったように感じたことをぺろっと話してしまった。
「いやあ、神様っているんだと思ったよ」
そう話す俺を二人は複雑そうな表情で見つめた。
唯パパが俯き、ため息をついた。
「いたかもな。時間系。三代前くらいだ」
「えっ?」
「いや、とりあえず唯希も樹も無事でよかったよ。不思議なこともあるもんだな。あははは」
唯パパの腹に肘を打ち込みながら、わざとらしく笑う父さんを見て俺はおかしいとは感じたが、それからすぐに唯希が目覚めたと聞かされ病室に走ったせいで、その違和感は忘れ去ってしまった。
樹は父さんが持って来てくれたジャージの上下に着替え、俺と帰宅した。
冬は今日、樹の実家にお泊りすることが決まっていた。
瑞樹さんの明日唯希の退院まで冬の面倒を見てくれるというありがたい申し出に、俺は甘えることにした。
風呂に入ってさっぱりした樹の前に冷えたグラスに入れたビールをだす。
「あっ、流石に酒はまずいか」
俺の言葉に樹はにっこり笑うと、喉を鳴らしながら一気にそれを飲み干した。
「どこも問題ないって医者も太鼓判を押してただろ」
「そうだけど」
目の前に座る樹を俺はじっと見つめた。
「樹、ごめん」
「また迷惑かけたなんて言うんじゃないだろうな」
ため息をつく樹の目の前で俺は首を振った。
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