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第91話
「あの時なんの躊躇もなく、樹は川に飛びこんだだろ?唯希を助けるためにさ」
「当たり前だろ」
「そう、当たり前なんだよな。樹は当たり前に唯希を自分の子供として考えてて。でも俺は樹にとって今の生活が本当の幸せなのかずっと不安だった」
堪えることはできなかった。
俺の眦から雫が溢れる。
樹は隣にさっと座ると、俺の肩を抱いた。
「幸せだよ。何度もそう言ったろ?」
「うん。けど、もし俺が妊娠しなかったら、樹にはもっと違う人生があったんじゃないかって……ずっとそういうこと考えちゃって」
「違う人生。もちろんあったろうよ」
樹の言葉に俺の肩がびくりと震える。
「でもきっと別のどんな人生を歩んでも、こんなに幸せじゃなかったと思う」
樹が俺のことを微笑んで見つめる。
「真もそうだろう?例えば俺と二人だけの生活だったとしても、他の誰かと生活していたとしても。こんなにたくさん笑顔を浮かべながら過ごせなかったんじゃないか?」
俺は鼻をすすりながら、何度も頷いた。
「大変なことがなかったとは言わない。でもそれを乗り越える度に俺は真との絆が深まったように感じた。だから真がそんなことを考えていたなんて、思いもよらなかったよ」
「ごめん、俺」
「いや、謝るのは俺の方だ。良い父親になることばかり考えて、良い恋人になる努力を怠っていたな」
樹が俺の肩をぎゅっと抱き寄せた。
「真。愛しているよ。そうやってぐるぐる俺の幸せについて考えちゃうところだって、全部好きだ」
樹が俺と向き合い真剣な表情をみせる。
「真、これからも俺とずっと一緒に居てくれるか?お前の傍じゃないと俺は幸福にはなれない」
俺は泣きながら樹に抱きついた。
「うん。俺も樹とずっと一緒にいたいっ」
樹は微笑むと、そのまま俺を抱きあげた。
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