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エピローグ

 都内のビジネスホテルの一室。  蔵元は安っぽい作りの椅子に腰かけていた。もう何日もまともに眠っていない蔵元の顔色は、まるで病人のようだった。  待ち合わせ時刻まであと五分。  急に部屋が狭苦しく感じ、蔵元は己の喉元に手をやると、ネクタイの結び目を緩めた。  待ち合わせ場所を指定したのは蔵元の方だった。  本当はもっと広々としたスイートルームを貸し切りたかったが、今の蔵元の金銭状況ではこれが精一杯だった。  ノックの音が響く。 蔵元が顔を上げると、既に相手は室内にいて、こちらにむかって歩いていた。  蔵元の前に立ち止まり、成澤は少しだけ顔を斜めにした。 「久しぶりだな」  黒豹みたいな男だ。  蔵元は成澤のことをそう思った。  成澤は音もなく近寄るくせに、傍にいると嫌というほど堂々としたアルファのオーラを発する。 「ああ、呼び出しに応じてくれてありがとう」 「座ってもいいか?」  近くのベッドを成澤が顎先で示す。  蔵元が頷くと成澤はベッドの端に座り、足を組んだ。  成澤の着ているネイビーのスーツはオーダーメイドだろう。成澤にぴたりとフィットしている。ピカピカに磨かれた成澤の靴の先に映る己の姿を見た途端、蔵元は自分が着ている安物のスーツを、二週間以上替えていないことを思い出し、ふいに恥ずかしくなった。 「それで話とは?」 「アンナのことだ。事件化しないでくれて本当に助かったよ。ありがとう」  蔵元は座っていた椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。  蔵元は人に頭を下げるのが得意ではなかった。  しかしプライドがどうとか言っている場合ではない。  もう少しで蔵元の配偶者は刑務所に入れられるところだったのだ。  それを城ケ崎が大事にするのはやめようと警察に事件性はないと証言してくれたおかげで、今も蔵元の妻はのうのうと文句ばかりを垂れ流しながら生きている。  それが蔵元にとって本当に良かったことなのか、最近の彼は断言ができなくなっていた。

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