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昏い欲望2

そんな冬を細めた眼で見つめた樹が問いかける。 「冬はどうしてN大を志望校にしたんだ?」 「それも前に話したじゃないか。バイオ工学で有名な教授があそこの大学にいて、それで」 「本当にそれが理由か?」  樹はふいに立ち上がると、冬の方にむかって歩いてきた。  樹が立ち止まった場所は冬の目の前だった。  背の高い樹に距離を詰められ、圧迫感を覚えた冬が後ずさる。  そんな冬の二の腕を樹が掴んだ。 「お前が志望校を決めた理由は、大学のすぐ傍に唯希の勤め先があるからじゃないのか?」  冬の顔を覗き込むようにして樹が尋ねる。  冬の口の中がからからに乾いた。 「そっ、そんなわけないだろ。兄さんのことは好きだけど、そんな理由で大学を決めたりなんかしないって」  冬は樹の視線から逃れるように顔を横に背けた。   「冬、嘘はやめろ。俺は見たんだぞ。この前、唯希が泊まりに来た日にお前がソファでうたた寝している唯希にキスをしているところを」  冬は自分の心臓が止まるんじゃないかと思った。  あの日、母さんは友達と一泊で旅行に出かけていて、父さんも帰りが遅いと聞いていた。  だからまさかあれを父に見られていたなんて冬は思いもよらなかった。 「ちょっとふざけただけだよ」  冬が樹の手から逃れようと、身を捻る。  樹は逃がすまいと益々手に力をこめた。 「ふざけただけだと?お前はふざけたからといって実の兄にキスをして、あまつさえ下半身まで弄るのか?」  冬は羞恥から自分の頬が真っ赤に染まるのが分かった。  兄の唯希は眠りが深く、一旦眠るとなかなか目を覚まさない。  あの日唯希は、仕事が忙しいと疲れきっていた。  冬の用意した夕飯を食べて、ソファに横になると唯希は直ぐ寝息をたて始めた。 「食べてすぐ横になると牛になっちゃうよ」  冬はそんな言葉を呟きながら、唯希に近づいた。

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