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第1話 試練(3)

「希望的観測だな」  テラは「少し失礼する」と言うと、部屋に設えてあるサイドチェストから、薬剤のシートを取り出した。置かれたグラスに水を満たすと、薬を口に放り込む。発情抑制剤だろうとハナは見当がついた。 「匂うな」  背を向けて、独白され、その意味がわかってしまったハナは、ぎゅ、と身を竦ませた。  オメガであるハナと、アルファであるテラが、こうして同じ部屋にいられるのは、近年、開発が盛んになった、発情抑制剤のせいでもある。すぐ効くタイプの舌下錠や肌に貼るパッチタイプに加え、長く安定的に効く液状の注射タイプや、管理が簡単な錠剤タイプなど、それらは多岐にわたる。オメガの発情に煩わされたくないアルファたちの間で、最初に開発されて以来、抑制剤市場は右肩上がりである。  ハナは、外に出る時には必ず、長く安定的に効く錠剤タイプの抑制剤を服用するようにしていたが、今日初めて逢ったテラからは、それでも大輪の薔薇のような濃くて甘い香りが漂ってきた。 (これが、アルファの匂い……)  バース性がオメガだと判明した十代前半に引きこもりはじめたハナは、何とか中学を形だけ卒業すると、高校は通信制のところを選び、三年で卒業し、今年、大学に通いはじめた。  しかし、オメガであることが判明して以降、元々、天真爛漫だった性格が、明が心配するほどに消極的になってしまい、外に出ることがほとんどないまま、過去に数年を過ごしている。  今でこそ、スタジオ「ピアンタ」に、好きな時に出入りしているが、明以外の男性アルファに出逢うのは、初めてのことだった。  この部屋にいる明も、「フィオーレ」のメンバーもアルファだが、これほど強く濃い香りを発してはいない。オメガとアルファには相性があり、互いにつがいとなる確率が高い者同士ほど、誘淫作用が強いとされているが、ハナは今日、その意味を初めて身体で理解した気がした。  ハナがテラの匂いを感じるように、もしかすると、テラも感じているのかもしれないと思うと、恥ずかしさと申し訳なさに、さっきまでのステージでかいていた汗が、引いていく気がした。 「わたしはしがない渉外担当兼衣装屋だ。ステージの管轄権はそちらにある、明」 「ああ、そうだ。だから」 「だが渉外として意見を述べるなら、この決定には反対だ」 「何で反対するの?」 「ごめんて言ってるじゃない」 「四人でできて、成功したんだよ。良かったじゃん。これでいこうよ」  テラの言葉尻を捉えるようにして、「フィオーレ」たちが反駁を試みる。  しかし、テラは冷たい視線で彼女らを一蹴した。

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