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第2話 純潔の価値(1)
「まったく……なぜきみらは揃いも揃って、こう頑固なんだ」
テラは静かにドアを締めると、忌々しげに吐き捨てた。
フットライトに照らされた暗い部屋に目をこらすと、キングサイズのベッドが浮かび上がってくる。ハナは一瞬、息を呑み、心臓が暴れだすのを感じた。互いに発情抑制剤を飲んでいるとはいえ、初対面のアルファと寝室で二人きりになるのは、些か軽率なのではないか。
しかし、テラはハナの狼狽には気づかず、苛立たしげに言った。
「何でもすると言ったな? ではきみの覚悟を見せてくれ」
「覚悟、ですか?」
「そうだ。大事なフロントを、半端な気持ちで汚されては困る。きみに価値とやらがあるのなら見せてみろ。今ここで。できないのなら、諦めて帰ってくれ。明にはわたしから話をしておく」
はらりと一房、落ちた前髪を、テラがかき上げる。
「価値……」
テラの曖昧な言葉に、ハナは一瞬、途方に暮れた。
だが、テラは怖い顔で腕を組むだけで、それ以上の指示は何も与える気がないようだった。
「できないか? できないだろうな。本当は覚悟なんて、ないんじゃないのか? きみが進んでステージに立ちたいと言ったとは思えない。どうせあの三人に懇願されて、断り切れなかっただけだろう。だが、指示がないと動けないような無能は、「フィオーレ」にはいらな……おい、何をしている……!」
テラの放つ刺々しい言葉の数々から、この場が、ハナの主張を聞く場ではなく、諦めさせるための説得の場だと気づいたハナは、衣装のファスナーを下ろし、着ている服を床に落とした。
ふわっと汗の匂いが立つ。
刹那、冷んやりとした空気が、肌を打った。
「きみは……っ」
下着一枚の姿になったハナが顎を上げると、大股で歩み寄ったテラは、たちまち冷静になった。
「……胸がないな」
一瞥して、感想を言う。
「男ですから……」
言いながら、肋の浮いた、貧相な身体を晒したことを、恥じていないふりをした。
逆上し、頭に血が上った人間相手に、説得が功を奏するとは思えない。だから奇を衒った演出をして、自分に関心を向けさせたはいいが、ここからどう切り込むべきか。互いに抑制剤を飲んでいるにしても、これ以上挑発したら、均衡が崩れる可能性もある。最後に泣くことになるのは、オメガであるハナだ。
「ふん、確かに、素材としては悪くない。それは認めよう。が、きみは所詮」
「所詮、ぼくはオメガですが、アルファとの共通点だってあります」
「共通点?」
一瞬で、平静そのものに戻ったテラの視線が、商品を見定めるものに変わる。アルファを落とすにはどうすればいいかを、ハナは急いで考えなければならず、思わず負け惜しみを口にした。
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