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第2話 純潔の価値(4)

「あるのなら、フロントに立たせてやる。ルナのいた位置に。できなければ、今すぐ家に帰ることだ。生半可な覚悟でライヴアイドルを気取られては困る。明や「フィオーレ」たちには、わたしから話をしておこう」  ハナの脱落を狙い撃ちにしたその言葉に、狼狽が顔に出てしまう。 「っ、なぜ、ぼくが……っ」  思わず喘ぐ。  次の言葉が出てこない。  何を問おうとしたのか、一瞬、思考がバラついて考えられなくなった。 「処女だろ? 見ればわかる。小鹿のように震えて、惨めな自分から目を背けて。いっそ哀れだ」 「っ」  テラはハナの動揺を読み取ると、畳みかけてきた。 「そもそもきみは雄のオメガだ。付加価値も付けず、女性アルファの群れの中に混じれるとでも? ルナが戻ってくるまでの間、フロントで踊るだけの牽引力があると? 今日は誤魔化せたかもしれないが、宝石にジャンクが混じっていることは、観る者が見ればすぐにわかる。「フィオーレ」のファンを、地下アイドルを舐めないことだ」  剥がれる。  剥がされる。  虚飾が。気勢が。  全部、ハナの力不足だった。 「……っ」  これが、アルファによって、最初からハナを説得するために設けられた和議だということを、軽く見ていた。頑張ればあるいは、考えを翻すことがあるのではないかと甘く見ていた。 「わかったら、家に帰るんだな」  テラは、追い出すように片手をヒラヒラと振ると、背を向けた。 「オメガが、わたしの理想の園を土足で荒らすなど、百年早い」  途端に、カッと胃の腑が熱くなるのを感じた。怒りがこみ上げてくる。自分に対する、詰めの甘さへの怒りだった。オメガは何の役にも立たないと、証明されたようなものだった。 「……わかり、ました」  苦く呟く。 「ああ。そうしてくれ」  ハナは拳を握って考えた。テラは絶対に呑めない条件だとわかりながら、この提案を示してきた。それは逆に、この条件さえクリアできれば、これ以上の奥の手はないということだ。 「あなたに、ぼくの純潔を捧げます。決意は変えません」 「何……?」  一時停止したあとで、唖然とした表情で振り返り、ハナを見下ろすその目を、ぐっと睨み返した。テラは何が起こったのか、一瞬、わからなかったようだった。これまで見せたテラの表情の中で、一番、人間くさくて親しみやすいな、とハナは思った。 「あなたと、最初に、します。その代わり、ルナのことをよろしくお願いします」  テラを仰いで、正面から深く頭を下げた。純潔はオメガにとって、最も大切なものだ。それを、こんな相手に捧げるのは、不本意極まりなかった。しかし、アルファが誇り高い生き物だということを理解したハナは、ひとつの可能性に賭けた。

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