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第3話 家庭教師(1)
溜め息をつくと、隣りに座っている牧野学が顔を上げた。
「ハナ、どうかした?」
「ん、ちょっと疲れちゃって。せっかくきてくれたのに、ごめんなさい」
ようやく訪れた、月に一度の家庭教師の日だというのに、牧野の出した課題に集中できていないどころか、テラのことばかりを考えてしまう。いつものように、客間のテーブルの上に置かれた紅茶とクッキーが、つままれるのを静かに待っていた。
「あんな大舞台にいきなり上がったんだから、当然だよ。ハナは勇気がある」
牧野はハナの憂慮を、先日の「フィオーレ」のステージのせいだと解釈したようだ。彼はハナの兄である明の高校時代の後輩で、「ベータにしては優秀」だという触れ込みで、明の推薦を受け、五年ほど前からハナに勉強を教えにきていた。
牧野は「フィオーレ」のルナ推しで、ハナがバックアップメンバーとしてスタジオ「ピアンタ」に通うようになる前から、チケットを買ってライヴを観に行っていたようだ。ハナが、兄のプロデュースする「フィオーレ」に関心を寄せるようになったのも、牧野の影響によるところが大きい。
「ステージのあとに色々あって、兄さんと一緒に「フィオーレ」をプロデュースしてる人に逢いにいったんだけど、すごく怖い人だったんだ……」
だが、今回ばかりは事情を明け透けに話すわけにもいかず、牧野をはじめとするファンには、表向き、「急な発熱」がルナ欠場の理由だということにしてあった。バックアップメンバーとして「フィオーレ」に貢献しはじめた時でさえ、牧野にその話をしていたハナとしては、ルナ推しの牧野に嘘を言うのは心苦しかったが、箝口令を破るわけにはいかなかった。
「まあ、アルファにも色々なタイプがいるからね。総じて、優秀なところは共通しているけれど」
言って、牧野は苦笑した。
「ステージで「ぼく」って言い出した時はどうなることかと思ったけど、無事に終わってホッとしたよ」
フロントにルナがいないことに気づき、ざわめきはじめたファンの中で、最初にハナへコールを入れてくれたのは牧野だった。あの時、牧野が声を上げてくれなかったら、最後までステージに立ち続けることができたかどうか。
「牧野さんは、ぼくが……、オメガがアルファと一緒のステージに立つのって、どう思いますか……?」
「ん? 別にいいんじゃない?」
男性オメガは女性アルファと反応することはないのだし、と牧野が続けた。
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