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第4話 採寸(1)
月曜日の午前十時に、ハナは、テラの住む帝都ホテルのペントハウスを訪ねた。
「──きみか……」
ノックをし、来意を告げると、ドアを開けたテラは、ワイシャツの両袖を捲り上げ、目の下にうっすらクマを作ったまま、ハナを迎えた。髪をかき上げた拍子に、右手の小指側の側面が、鉛筆の粉のようなもので汚れているのが見えた。
「入るといい。荷物はその辺に置いて。楽にしてくれ。ちょっと失礼」
寝癖で跳ね上がった後頭部を晒し、ネクタイをシャツの胸ポケットに入れたテラは、サイドチェストへとって返すと、先日と同じように、薬を口に放り込んで戻ってきた。
純潔を捧げると言った手前、しっかり身体を洗ってきたハナだったが、緊張と恐怖で強張り、冷や汗が吹き出した。ぎくしゃくと部屋の内部へ足を踏み入れると、まず一番最初にトルソーが目に付いた。女性用の四体と並んで、華奢な男性用と思われるものが一体。おそらくハナ用に取り寄せたのだろう。
それから、布のサンプル、端切れの山を入れた溢れそうなバスケットに、レースでつくられたフリルの試作品たち。ミシンと思われる機械が三体ほど、その横に衣装を掛けておくハンガーラックがあり、その奥の壁に面して、ずらりと色とりどりの生地と糸が整然と並んでいる。その横には型紙だろうか、紙の束がA3サイズの封筒からはみ出しており、部屋の真ん中には、裁断机が鎮座していた。
テラは、このホテルのペントハウスを定宿にして、もう二年近くになるという。ずっとホテル暮らしだというのは伊達ではなく、この部屋自体を、容赦なく魔改造していた。
だが、荒れた状態のわりに整然としていて、テラの動く際の動線が見える気がする。先日、訪問した際は、気持ちが動転していて、目に付いていなかった全てが、午前中の日差しの下に、万遍なく晒されていた。
「あのっ、用意は、してきました……っ」
楽にしろと言われはしたが、初めてのことでどうしたらいいのかわからない。背を向けたテラに緊張した声を投げると、驚いた様子で振り返ったテラは、苦笑した。
「ああ……、そういや、きみの処女をいただく約束だったな。だが、それはルナが戻ってきて、「フィオーレ」が復活ライヴを無事に済ませたあとだ。きみには今日、採寸にきてもらっただけだ」
「採寸……?」
驚いて固まっているハナに、テラはふわりと魅力的な笑みを見せ、招いた。
「そう緊張するな。と言っても、無理か。きなさい」
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