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第8話 暗雲(3)(*)
ハナの家は、アルファの家系にありがちな、大きな門構えの、煉瓦造りの立派なアプローチを持っている。テラは、最新式の顔認証システムによるセキュリティをクリアして、正門を潜り、正面玄関のすぐ横に車を付けると、静かにサイドブレーキを引いた。何かと言うと雑な明とは対照的な、落ち着いた運転技術だった。
「疲れたろう。ここでいいか?」
「あ、ありがとうございます。その、あの」
テラの手が、サイドブレーキから離れ、ハンドルへと戻るのを見て、ドキリとする。
「慣れないこと続きで大変だったろう。今夜はゆっくり休むことだ」
苦笑したテラに、ハナは心の内を見透かされた気がして俯いた。
「……あの、ごめんなさい」
「ん?」
「ぼく、あなたのことを、誤解してて……」
傍若無人で、高飛車で、強情で、唯我独尊で、自分勝手で、人の意見を聞こうとしない、鼻持ちならないアルファ。テラがハナの心配をするなど、考えたこともなかった。
「言わなければバレないことを、口に出すのは、きみの悪い癖だ」
「い、言わなくてもわかってるなら、バレてるじゃないですか……」
ハナが恥ずかしそうに言うと、テラは飄々と肩を竦めた。
「別にいい。そういう振る舞いをしてきたことは、自覚している」
自覚している、ということは、わざとそう思われるように振舞っていた、ということだろうか。
「人がどう思おうが、わたしはわたしだ。だが露悪的な人間を演じる方が、人生は楽しい。特に、きみの前では」
「……どういうことですか?」
「取って付けたような人間関係ばかりで、飽き飽きしていたんだ。染まっていない者は、無知であるがゆえに美しい」
「っ、やっぱりあなたは最低です」
ペントハウスで行われているあの接触は、テラにとって、暇つぶしのようなものなのだろう。わかってはいたが、正面切って言われると、心の奥が軋んで、ハナは後悔した。
「ありがとうございました。送ってくださって」
結局、それ以上の言葉が見つからず、ハナは、ぎこちなく礼をしてドアのレバーに手をかけた。
その時、テラの腕が伸びてきて、ハナの右手首を、ぎゅっと握った。
「あの……鍵が」
鍵が掛かったままだ。運転席側でロックを解除してもらおうと顔を上げると、テラの顔が思った以上に近くにあり、心臓が跳ねる。
「あの……っ」
急いで身をよじったが、テラに掴まれた右手首は緩むどころか、強く締め付けられる。
「何だ」
「この、手……っ」
「誰も見ていない。安心しなさい」
テラの言葉に、かすかに淫靡な色が混じる。
「ちょ、っ、そういうわけには……っ」
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