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第8話 暗雲(4)(*)
「強情だな」
「ぁっ……!」
どうして、と思う間もなく、するりとテラの指がハナのジャケットの内側に入った。きれいに整えられた長い指先が、ハナのひっそりと色づく乳首の先端を、布越しに掻く。その瞬間、駄目だと思うのに、腰まで一気に閃光が駆け抜けた。
「ふ……」
「ここをこうすると、すぐ啼く」
「ぅ、っ……」
ハナはテラの指を押しとどめようと身をよじった。しかし、狭い車内でシートベルトをした状態で、テラに覆い被さられては、もがきようがない。少しでも距離を取ろうと顔を背けると、テラの唇が首筋に接着した。
「ぁ、ぁ……っ」
歯を当てられて、甘噛みされる。車内にテラの匂いが充満した。身がすくみ、抵抗も虚しく、身体が開いてゆく。テラの愛撫の心地よさを、覚えていた。テラの指がシャツの釦を器用にひとつずつ、外していくたび、あさましく期待してしまう。
指先が直接、肌に触れ、シャツの内側に潜り込む。
このまま発情してしまわないか、不安と焦燥と快楽で、頭がおかしくなりそうだった。
「こ、んな、に、したら……っぁ!」
夜、誰にも見られていないとはいえ、車のガラス越しに外の灯りは見ることができる。万が一のことがあったら、と考えると、ほどけていく身体をそのままにはできない。ハナは、必死に正気を保とうと、咄嗟に、脳裏を過ぎった確かなものに縋った。
「……誰のことを考えている?」
「だ、誰も、っ」
「嘘をつくのが下手だな、きみは。言いたくないなら、言わせるまでだが」
首筋で話されると、テラの息がかかって総毛立つ。その先の快楽を予期した身体が、意志と拮抗しつつ、緩やかに崩れていった。鎖骨を噛まれ、片方の乳首を指で転がされると、甘い感覚に飲み込まれて、全部がどうでもよくなってきてしまう。
「ふ、ぁ、っ……!」
もっと欲しい、と身体が言っていた。ハナの意志を裏切るようにして、前が昂りはじめる。
「ぁ、ゃ、っ、ま、まき、のさ……っ!」
タガが外れてしまうのが怖くて、助けを求めるように、思わず名を呼んだ。すると、テラはすん、と耳元で鼻を鳴らし、匂いをかいだ。
「……マキノ? 誰だ、それは?」
「っ」
屈辱的な行為によって、口を開いてしまった軽率さをハナは呪った。知られたくない、誰にも言っていない、たったひとつ、真実だと思っていた気持ちが汚される気がして、腹の中がふつふつと沸騰しはじめる。
「知ら、な……っ」
テラは愛撫をやめ、身を起こしたかと思うと、怜悧な視線でハナを観察した。
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