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第9話 ハートブレイク・メソッド(1)

 牧野に送ったメッセージに既読が付くまで、だいぶ時間がかかった。  ハナは、牧野に教わった、基本的なレポートの構成や、書くにあたって決められたルールなどを応用し、数日かかってレポートを仕上げていた。レポート自体は、会心の出来と言って良かったが、提出する前に、どうしても牧野に読んでもらいたいと思ったハナは、コピーを牧野の家に郵送した。  数日後の深夜、牧野から返信が届いたので、電話をしてみると、いつもの穏やかな声がした。 「牧野さん、夜分遅くにごめんなさい。あの」 「うん。レポート、読んだよ」 「どう……思いましたか?」  牧野の穏やかな声を聞いていると、ハナは心が開いてゆくのを感じた。こんなに人柄のいい牧野のことを、先日テラに侮辱されたことが信じられなかった。明だって、牧野のことを「優秀」だと褒めていた。きっと、テラだって、逢ったら驚くだろう。逢わせる予定はないが、もし逢ったら、きっとこんな素敵なベータは見たことがない、と悔しがるに違いない、と思った。 「うん。よく書けている。これなら、Aは堅いんじゃないか」 「ありがとうございます……」  心臓がドキドキと脈打っている。牧野に逢う時はいつもそうだが、今日はレポートを読まれたあとだけに、余計に緊張した。牧野は評価のことだけを話題にしたが、ハナがほしい返事は違うものだった。あのレポートには、牧野に対する、ハナの全てが詰め込まれている。  だから、どうしても返事を聞いておきたかった。 「あの……っ」 「ん?」  いつも優しげで奥ゆかしい、牧野の声。  この声が揺らぐのは、どんな時なのだろうか。 「牧野さん、は、好きな人って、いますか……っ?」  言った声が震えたが、ちゃんと発音できた気がする。噛んだりもしなかった。レポートを読んだ牧野なら、きっとハナの言わんとしていることがわかるだろうと思った。ついに言葉にしてしまった、との思いから、心臓が暴れ出すのを必死で制御しようとして、スマホを持つ手に力が入る。  静まれ、と念じながら、言葉が放たれる瞬間を聞き漏らすまいとして、待ち構えた。  だが、沈黙の中に放たれた牧野の声は、想像よりずっと重く、沈んだものだった。 「正直、きみが羨ましい」 「え……?」  意外な答えだった。  牧野の声が電話の向こう側で、少し震えている気がした。 「何でもできて、何でも持っていて、何にでも一生懸命で、何も気づいていないきみが。俺は心底、羨ましい」 「牧、野、さん……?」  牧野の声が、ハナが願ったのとは、違う形にひしゃげていた。 「きみは想像したことすらないだろうね。持たざる者の人生や、その心なんて。逢うたびに思ったよ。きみは何者なんだろうってね。オメガのくせに、俺よりずっと幸せそうに歌って踊って、オメガなのにアルファの群れの中にいて、当然のように、その恵みを享受しているきみが……」

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