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第9話 ハートブレイク・メソッド(2)
「牧野、さ」
「──何様なんだろうってね」
牧野は滲んだ声色で、血を吐くようにして続けた。
「俺には好きな人がいる。だからきみの気持ちには答えられない。その恋が実らないとしても、たとえどれだけ愚かだとしても、俺には、彼しかいないんだ。俺の恋が実らないのは……っ、相手がアルファだからだ」
ハナが息を呑んだ音を、かき消すように牧野は言葉を継いだ。
「きみを見ていると思い知らされるよ。どんなに焦がれても、報われなくても、辛抱して努力を続ければ、少しは可能性があるかもしれないと思って誤魔化してきたことが、結局は無駄な、ただの幻想だったのだとね。どんなにもがいても、バース性による宿命は変えられない。アルファの相手になり得るのは、アルファかオメガで、俺のような一般の、どこにでもいるようなベータじゃない」
ハナは震えながら、声が詰まるのを感じた。牧野の言葉は、ハナの何気ない振る舞いが、気づかないうちに牧野の心を傷つけてきたことを、物語っていた。牧野が見ないふりを続けてきたのは、ハナの存在そのものだった。隣りでいつも笑っていた牧野の穏やかな顔の裏に、これほど激しい感情が眠っていたことに、気づきもしなかった自身の浅はかさを、思い知らされる。
「俺が「フィオーレ」のファンなのは、彼のつくったものを愛したいと思ったからだ。きみの家庭教師の話を受けたのも、彼の愛しているものを慈しみたい一心からだった。でも、もう無理だ」
牧野が「彼」と口にした瞬間、胸の内に、ねじ切れるような痛みが走った。
牧野が誰を好きなのか、わかってしまった。
振られることは、想定済みだった。
気持ちを受け止めてもらえないとしたら、きっと兄弟みたいに思っているからとか、恋愛対象として見られないからとか、そんなありきたりな理由を予測していた。そしてそれは、時間をかければ、変えられる可能性のあるものだと思っていた。
だが、自分では彼の唯一にはなれないのだとわかった。牧野は、ハナの兄の明が好きなのだ。
いつも穏やかな声を出す牧野が怒りに震えているように見受けられて、ハナは混乱し、後悔した。
「──ま、まき、のさ……っ」
「ごめん、ハナ。きみは、少しずるい」
電話口で、牧野が泣いているような気がした。
「牧野さん、ぼく……っ」
ハナが自身の浅慮を謝ろうと口を開きかけた、その時、牧野は苦しげに呻いた。
「きみとはもう逢えない」
「ま……っ」
ハナが声を出そうと喘いだ時、電話は回答を待たずに切れた。
ハナはスマホを持ったまま、涙をこらえるので精一杯だった。
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