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第10話 転機(1)
テラのペントハウスに足を運ぶ日だと気づいた時、ハナは投げやりに少しホッとした。
大学へ行き、誰かの好奇の視線を浴びるより、テラの冷笑に耐える方が、ずっと簡単だと思った。今は、ハナに罰を与えてくれるだろう、テラとの逢瀬は、望むところだった。
扉を開けてハナを迎え入れたテラは、青ざめて、泣き腫らした顔に少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもどおり、仮縫いのためにハナを立たせ、黙々と作業をはじめた。
先日の今日で、お互いに喧嘩別れみたいなことになっていたが、興味を持たれないこと、詮索されないことが、これほど有り難いと感じるのは初めてだった。
テラは、ウエストを絞るために針の位置を変えようとした時、一言「痩せたな……?」と言った。
「何があったか知らないが、体型を維持するのも仕事のひとつだ。ルナの代わりにステージに立つ以上は、ちゃんとしなさい。その顔もだ。ステージに立っている間だけだから、化粧で全て隠せるとは思わないように。「フィオーレ」たちに心配をかけさせるな」
言うなり、針の位置を元に戻し、ウエストを最初のラインに戻した。
「……すみません」
テラの叱責に、言葉ばかりの謝罪をすると、同時に腹の虫が「ぐー」と音を立てた。
赤面するハナに、テラは仮縫いした衣装を剥いだあとで尋ねた。
「昼食は?」
「食べました……」
嘘を言うと、また腹の虫が鳴る。
どうして自分のことなのに、思うとおりにならないのだろう。
本当は、牧野と最後に電話した日から、固形物を口に入れていない。が、それはハナの理由で、テラには関係がない。だから、泣き疲れて眠り、起きて眠りを繰り返しながら泣き、アラームが月曜日を知らせると、大学の授業もサボッてしまい、指定された時間に、惰性のように、テラのペントハウスを訪ねた。
「あの、テラ。すみません。今日は、その……」
とても愛撫を受ける気分ではない、と言おうとしたら、大仰に溜め息をつかれた。
「そんな状態のきみに悪戯をするほど、わたしは鬼ではない」
内線でどこかへ電話を掛けたテラは、ハナをダイニングキッチンへと連れて行った。しばらくしてポン、とチャイムが鳴ると、テラはハナをダイニングテーブルの椅子へ座らせ、「ここで待っていなさい」と言い、対応に出た。
帰ってきたテラが、レトルトのコーンスープのパッケージを持っていることに、驚いて固まっていると、テラはスープ皿に移したそれをレンジにかけ、ハナの隣りに座った。
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