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第10話 転機(2)
「無理強いするのは趣味じゃない。が、何かあったのならば、話ぐらいは聞こう」
「……」
だが、一分弱の時間で何を話せるわけもなく、ハナが黙っていると、スープ皿に湯気を立てたスープと、スプーンが目の前に用意された。
「食欲が……」
「ないわけではないだろう。食べなさい。そして可能なら、泣きなさい」
ハナがそれでも黙っていると、テラはぽつりと言った。
「十二歳の冬に母が亡くなった時、わたしも一時期ものが食べられなくなった」
「え……?」
「だが、無理にでも食べて腹が膨れれば、気持ちもある程度は落ち着く。だから食べなさい。少しでいい。ひと口、スプーンに半分」
「ど、して……」
そんな風に人を気遣う人物に、テラは到底見えない。
ハナは、また間違ったのか、と思った。牧野に対して抱いていたのとは真逆の誤解を、テラに対してもしているのかもしれない。そう思うと、ゾクリと腹の底が冷えた。
そんなハナに、テラは柔らかな口調で言った。
「きみは明の弟だろ?」
「……はい」
「明が大切にしている存在を、ぞんざいに扱うことはできない。それに、バックアップとはいえ、きみは「フィオーレ」に欠かせない存在だ。そんな理由で、きみに何かしてあげたいと思うのは、変か?」
その言葉にびっくりしたハナに、テラはそっと視線で促す。
「きみは非常に抑制的で、わたしを理解しようとしてくれる。悪者ぶって嫌われるのは、刺激的だが、今は──少し後悔している。わたしを信じなくてもいい。スプーンに半分、食べてくれれば、それで」
ここまで言われてしまっては、拒むのも難しかった。ハナはおずおずとスプーンを手に取り、言われたとおり、半分だけスープをすくって、口の中に入れた。
「……ん」
甘くて暖かい。
レトルトなので、味は確かだが、人の手がかかっている高級品でも何でもない。
なのに、これは一体、何なのだろう。
みるみるうちに涙が盛り上がって、スープの上にぱたぱたと落ちかかった。
「ぼ、く……っ、っ……」
胸がいっぱいになり、思わず牧野のことを話していた。失恋したこと。それもつらかったが、自分が牧野を大事にしているようで、全然違ったことに傷ついていた。知らないうちに牧野をたくさん傷つけていたことが、悔しくて、情けなくて、どうしようもなかった。牧野にどうやったら償えるか、考えても全くわからない。拒まれ、嫌われたことが明らかになり、ハナは自分の根底が揺らぐほどに慄いていた。
テラは、取り乱すハナを見ても、静かに聞き手に徹していた。時折、ハナの髪を梳いては、指にくるりと巻きつけ、離す。そんな意味のない動作を繰り返した。
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