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第11話 水族館(1)

「すごい、マグロの群れだ……!」  巨大な流線型を描く水槽の前でハナが言うと、テラはハナの少しあとからきて、苦笑した。 「水族館でマグロを「美味しそう」と表現する人間には初め逢った」 「だって、マグロってトロだし……」  すごく太っていて大きかったのだ。  まだ、牧野のことは、思い出すたびに胸が痛む。心は膿んだように疼くけれど、自分を誘ってくれたテラに、楽しい想い出を持って帰ってほしいと思ったハナは、精一杯、明るく振る舞っていた。  穏やかな人の流れに身を任せ、トンネル型の水槽エリアへ入ると、テラが窮屈そうに身を屈めた。人と人との距離が狭まり、縮まる。ハナひとりならば目立つこともなかったが、金髪碧眼の規格外の美形の出現に、周囲の空気がにわかに変わるのがわかった。  兄の明がテラについて、「引きこもり予備軍の問題児」だとこぼしていたが、こんな風に行く先々で注目され、遠巻きに視線をチラチラ送られる生活が続いたら、疲れて引きこもりたくもなるのも無理はない。アルファの生活など、今まで意識したこともなかったが、テラの送る日常に、少し同情したくなった。  トンネルを抜け、フロアの中央にある円柱形の水槽の前で立ち止まる。 「あ、一匹だけで飼育するんですね。マンボウって寂しくて死ぬって聞いたけど……」 「ウサギも寂しくて死ぬらしいが」 「そうでしたっけ?」 「小さい頃に、そう教わった記憶がある」  物珍しそうに、テラがマンボウに向かってカメラを向けた。インスピレーションになりそうなものを撮っておいて、後々デザインに生かすのだそうだ。ハナがテラを仰ぐと、マンボウの青白い体表を、滑るように青い眸が注がれている。 「テラは、どこで育ったんですか?」  西洋人然とした容姿のテラが、何不自由なく日本語を操るさまを見てきたハナは、ずっと不思議に思っていたことを尋ねてみた。するとテラは、少し黙ったあとで、ぽつりと独白するように呟いた。 「生まれは北イタリアだ。私はイギリス人の父と、イタリアと日本の混血のオメガの母の間に生まれた。幼い頃はイタリアにいて、日本語は母と祖母から習った」 「へえ」  テラのような完璧に近いアルファが、オメガから生まれてくるなんて、不思議なことだとハナは思った。アルファとオメガのつがいの場合、四分の一の確率で、オメガが生まれると言われている。テラもまた、バース性が定まるまでは、オメガとみなされていたのかもしれない。

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