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第11話 水族館(3)
「あなたは未来に希望を見ようとしていますよね。過去を嘆くのではなく。それは、ちょっとカッコイイ気がします。少なくとも、ぼくよりも、ずっと強くて、建設的です」
落ち込んでいたハナに、テラは歩けと示した。テラもまた、足を前に出すことで、過去を抱えつつ、明日へと希望を繋げようとしている気がした。
そんな生き方ができるなら、自分も試みてみようと思えるようになっていた。
「そんな大層なものじゃない」
テラはハナの言葉に、照れたように視線をマンボウへと戻す。
「こうしてここで朽ちていくのも、悪くないと思っていた頃がある。だが、人は夢を見ずには生きられないものなのだと、きみの兄君に教わったのだ、わたしは」
「兄に……?」
「わたしには、それがとても大事だったのだ。人にデザインを施すことで、生きていいのだと確認できる。ただそれだけだ。だが、とても大事なんだ。それが」
再びテラを仰ぐと、テラは、おずおずとハナへ視線を向けた。目が合って、透き通るような蒼さにあらためて驚く。しばらく無言のまま見つめ合っていると、イルカのショーがはじまるとの館内放送が流れ出した。
人が、潮が引くようにハナたちのいるフロアから消えはじめる。
ハナは、そのまま吸い込まれそうな自分にハッと気づき、慌てて言葉を継いだ。
「あの、今日はありがとうございました」
「ん?」
「ぼくのことを考えてくださったんですよね。そういうの、嬉しい、です……」
もっとテラに与えられるものがあればよかったのに。何も持っていない自分が、もどかしい。テラのために何かしたい、と能動的に思ったのは、初めてかもしれなかった。
「明がしてくれたことを、きみに返したまでだ」
「え?」
「あいつが大切にしている相手だ。いつか、明がわたしを心配してくれたことに、わたしが礼を言っていたと、きみから伝われば、それでいい」
「テラ……」
ふと笑った表情の何気なさに、吸い込まれる。
──何だろう、どこか、寂しげで……。
(眩しい……)
テラの睫毛が水槽の放つわずかな光を反射して、キラキラと輝いている。
ハナは、いつまでも、それを見ていられる、と思った。
*
フィアットが停車した反動で、ハナはうとうとしていたことに気づいた。
「すみません、ぼく……」
水族館ではしゃぎすぎたせいだろうか。言葉少ななテラとの会話中に、いつしか寝入ってしまっていた。自分をいつも制御できているテラとは大きな違いだ。軽蔑されやしないだろうか、と少し居心地が悪くなる。
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