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第11話 水族館(4)

「別にいい。今日は楽しかった」 「えっ……?」 「何だ、わたしが楽しかったのでは、不満か?」 「い、いえ……!」  慌てて否定したものの、正直、驚いた。  社交辞令かもしれなかったが、とても嬉しかった。 「ぼくも楽しかったです。ありがとう、テラ」 「良かった。互いに楽しめたのなら、それに越したことはない」  言いながらアクセルを緩く踏む。外を見ると、次第に街がライトアップされはじめる時間帯だった。ふと、ハンドルを右に切ったテラに、ハナは話しかけた。 「テラの家には、寄らないんですか?」  てっきり、帝都ホテルのペントハウスへ寄り、あの一連の儀式をするのかと思っていた。  しかしテラは前を見据えたまま、ハンドルを再び切り直そうとはしなかった。 「ああ。今日は家へ送り届けるよ。何もしない」  ──何もしない。  テラと逢った日は、何となくそういうことをするのだと、二人の間で暗黙の了解があった。それが、今日に限って何もないというのは、何だか少し奇妙な気分だった。  大通りから逸れて、家路への道を、スピードを落としながら走る間、テラがぽつりと呟いた。 「きみに謝罪を」 「え……?」  ハナが聞き違いかと振り返ると、テラは気まずそうに、頬を少し染めていた。 「初めて逢った時から、しばらく失礼な態度を」 「テラ……」 「オメガが横からしゃしゃり出てきたと思ったんだ。わたしの夢の中へ。しかもなぜか明が、弟だという理由だけで、反対ひとつ、しやしなかった。ルナの失踪が寝耳に水で、きみのせいじゃないかとすら思った。完全な八つ当たりだ。すまなかった、ハナ」 「いえ。ぼくも、あなたに失礼な態度を取っていましたし……」  お互いに、誤解があったのだ。今思えば、ハナも、ルナのことを強く主張しすぎた。 「今、あなたとこうしていられるから、ぼくはそれで十分です」  門を抜けて、玄関先のアプローチに、車が静かに停止する。今日、誘ってもらって本当に良かった、とハナは思った。テラの人柄を知れたことで、これから彼との関係が、いい方向へ変わる予感がした。 「それじゃ、ありがとうございました」  だが、車から降りた瞬間、誰かに見られている気がして、ハナはつと顔を上げた。  しかし、そこには誰もいない。 「どうかしたか?」  車の中から、テラが違和感を察知して、声を掛ける。 「あ、いえ……。視線を感じたけど、気のせいだったみたいで。あっ、そうだ、これ」  ハナは慌てて鞄の中を探り、小さな水色の包みを取り出すと、テラに差し出した。 「あげます。二個買ったので。お礼です。よければ使ってください」  それは、マンボウを形どった、銀色のキーホルダーだった。

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