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第12話 脅迫状(3)

 明は反対したが、ハナは決めたことを覆すつもりはなかった。本当なら、今日はクリスマスライヴに向けての、オトハとネネによる新曲と、ルナの振り付けを身体に叩き込む日だった。三人ともライヴに向けて、イメージを膨らませ、議論を戦わせ、必死に考えてきたはずだ。それなのに、脅されたからという理由だけで、ハナひとりのためにフォーメーションを崩して、「フィオーレ」たちを混乱させたくなかった。 「……ハナ」  それまでずっと、必要な時以外、沈黙を通してきたテラが、口を開く。 「はい、テラ」 「当日はわたしも会場入りする。きみをちゃんと守れる場所にいる」 「はい……!」  ハナが返事をすると、それが決定打になった。  弟がどうしても曲がらないことを悟った明は、呻くように言った。 「……念押しするが、ステージに上がるのは、新曲の間だけだからな?」  「うん。ありがとう、兄さん」 「決まりだね」  ミキがシメると、「新曲どう?」「歌詞やばいから!」「振り付けは?」とあっという間に打ち合わせに話題が流れた。 「よし! そうと決まったら、歌とダンスだ。今日、ものにして帰ってもらうぞ……!」  明が上げた声に、「フィオーレ」たちとともに、ハナは頷いた。 *  三時間半に及ぶ歌とダンスの打ち合わせを終え、スタジオ「ピアンタ」を出る頃は、凍てついた空に星が瞬いていた。  吐く息が白く濁る。裏口から出て「フィオーレ」たちと別れた途端、駐車場の前でテラに声をかけられた。 「──送ろう、ハナ」 「待っててくれたんですか?」  驚いた。テラと明は、ひととおり練習風景を観察し、問題ないと判断すると、すぐにダンススタジオから出て行ったからだ。テラは、一階のカフェスペースでしばらく時間を潰し、頃合いを見てハナを迎えにきてくれたようだった。 「明は舞台にかかりきりで遅くなるそうだ。わたしがきみを預かることになった」 「ありがとうございます」  フィアットの助手席に乗り込むと、ゆるくアクセルを踏まれて、車が動き出す。幹線道路に乗る頃には、車内は暖房の暖気に満たされ、まるで揺りかごのようだった。  ハナは、車窓を流れゆく光の粒を見つめながら、テラの匂いにもだいぶ慣れたな、と思うと同時に、あることに気づいた。 「あの、ぼく……汗くさくないですか? 一応、シャワー浴びたんですけど、帰るだけだからと思って」  オメガの匂いがきつかったら、どうしようと思った。  今でこそテラは口にしないが、最初はオメガであるハナの匂いに、かなり敏感に反応していた。ハナがテラをかぎ分けるように、テラにもハナの匂いが分かるということだ。

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