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第12話 脅迫状(4)
「いや。だが、きみの匂いがして、いい」
「そ、それは……」
怜悧な横顔でそんなことを言われて、ハナは頬が火照るのを感じた。
そういえば、水族館へ一緒に行った日以来、テラと「そういうこと」をしていない。それまでは、フィッティングだの何だのと理由をつけて、テラのペントハウスを訪れるたびに、性的な接触があった。それがなくなるのは有り難いことのはずだったが、少し寂しく感じるのが不思議だな、とハナは思った。
「きみは、これからどうするつもりだ……?」
国道を東へ走りつつ、テラが今後のことを聞いてきた。
「元の、バックアップメンバーに戻ります」
「そうか。ではこれからも、我々は、時々、顔を合わせることがあるわけだな」
我々、と括られて、共犯者のような気分になる。逢う機会がなくなるわけではないが、ハナとテラの接点は、今よりもずっと少ないものになるだろう。
「あなたは不愉快かもしれませんが、そうなります」
ハナが冗談めかして言うと、フッとテラが笑ってくれた。それが嬉しくて、心の奥が暖かくなる。
だが、誓約があることをハナは思い出していた。
「テラ。約束、守りますから」
「約束?」
「ルナの復帰ステージが終わったら、あなたに、その……ちゃんと捧げます。だから」
クリスマスに行われるステージが終わったら、テラに純潔を捧げる、というのが、ルナの代わりにステージに立つための、条件だった。テラと仲良くなったからといって、その条件を反故にする意志は、ハナにはなかった。もし、テラが忘れていたとしても、相手の気持ちにつけ込むように誤魔化したら、騙し討ちになってしまう。
それに、テラという人物の理解がハナにもできたことで、純潔を捧げてもかまわない気になっていた。彼のようなアルファになら、破瓜を刻まれても、いい。それはハナにとって、今やわずかな期待を伴うものになりつつあった。
「ああ……、そうだったな。わかっている」
テラは、ハナの問いかけに言葉少なに答えた。ハンドルを握る手が、少し軋んだので、彼も少しは緊張してくれているのかもしれない。
「具体的には、ルナの復帰ライヴのある日でいいですか?」
自分から乗り気であるように話を振るのは恥ずかしかったが、もう細かいことを決めておく段階にきていた。ハナが尋ねると、テラは一瞬、横を見たが、やがて落ち着いた声で呟いた。
「当日は打ち上げがあるだろうから、翌日がいいだろう」
「わかりました。時間は? いつもの時間でいいですか?」
「そうだな、かまわない。家まで迎えにいこう」
頷くテラに、ハナは小声で「よろしく、お願いします」と頭を下げた。
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