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第14話 その日(4)

「黙れ! 読めないからと言って、お前にサインをさせたことぐらい想像がつく……! 汚い真似をしやがって、二度と俺の弟に近づくな!」  罵声を浴びせられたテラは、一言も申し開きをしなかった。  ただ、「わたしは本気だ」と言い置くと、そっとハナに謝罪の視線を送り、部屋を出て行った。 「テラ……」 「行くな、ハナ! あいつが、こんなものでお前を脅すような男だったなんて……っ!」  アルファである兄の命令は、オメガであるハナに強く作用する。  しかし、ハナはその日、初めて明に対峙した。 「テラはそんな人じゃない! 合意の上です! 兄さんが考えるような関係じゃ……」 「合意だと? ならこれは何だ!」  言うなり、明はハナの持っていた契約書を取り上げると、ハナに向かって読み上げはじめた。日本語で、わかるように、書かれた条文を目で追いながら、明は完全に取り乱していた。 「『私は、テラ・フェット・グレイに、自身の純潔を捧げることをここに誓う。その見返りに、ルナが帰ってくるまでの間、「フィオーレ」のフロントに立ち続ける。この契約は厳格かつ神聖なものであり、何者もこれを破棄することはできない。ただし、ルナが無事に帰還した場合は、この限りではない』……っもしもルナが戻ってこなかったら、お前はどうするつもりだったんだ!」 「それは……っ、でも、帰ってきたじゃないですか!」 「結果論だろ! 帰ってこない可能性もあった! お前は自分の純潔を何だと思ってる! オメガにとって一番大事なものだろうが! それを、あの男は……っ、くそ……!」  こんなもので縛っていたなんて、と明はまるで自分が傷つけられたような顔をして、悪態をついた。大きな駄々っ子のように、歯噛みして悔しがっている明を見て、ハナは自分が犯したことの重大さを自覚したが、一方で、明の束縛を、振り払いたいという心が育ちはじめた。 「兄さん、これは、ぼくが彼に頼んだんです。テラは悪くない」 「悪くなかったらこんなものを書くかっ……! お前はあいつをわかっていない! いい加減に目を覚ませ! こんなものを書く男に、大事な弟をやれるかっ!」  きつく言われる声が重なるたびに、ハナはかえって冷静になっていく自分を感じた。  同時に、どうしてテラは、わざと波風を立てるようなことをしたのだろう、と思った。テラにいったい、どんな意図があったのかは不明だが、明に了解を取り付けようと足を運んだ、それこそが、彼の誠実さではないだろうか、と思った。でなければ、黙っていれば、それで済んだ話だった。明のことを、あんなに慕っていたはずなのに。

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