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第14話 その日(5)

「もう隠し事はないだろうな……こんなことをする奴には、金輪際逢わせんぞ! っどこへ行く気だ、ハナ!」  ハナが踵を返す気配に、明が叫んだ。  ハナはぎゅ、と拳を握ると、明の言葉に初めて抗った。 「目を覚ますのは兄さんの方です。テラは忠実に誓約内容を守ろうとしただけだ。でも、相談もなしにサインをしたことは、謝ります。……ごめんなさい、兄さん」  オメガがアルファの言葉に逆らうには、強い勇気が要る。ハナは震える膝を叱咤して、この場に留まろうとする足を動かす。それでも、ドアは遠く、本能がアルファの命令に従うことを、望んでいた。 「行くな、ハナ! ハナ……!」  明の取り乱した声を背中に聞きながら、ハナは必死で、テラを追いかけた。 *  玄関を開けて飛び出すと、ちょうどテラのフィアットが発車するところだった。 「待って……っ、テラ……!」  なりふり構わず追いかけて、助手席側のサイドウィンドウに触る。その音に気づいたテラの車が止まり、驚いた様子のテラが、助手席側の、開けられた窓から顔を覗かせた。 「ハナ……? どうした?」  どうしたどころじゃない、とハナは思ったが、呼吸を整えテラの方へ屈むと、哀願に近い言葉が出た。 「どうして最後の一文を追加したんですか……!」  明から誓約書を読み聞かされて、それが強制力のないものだと理解した。最初から、ハナを本気で縛るつもりならば、ルナの帰還に関する一文は邪魔だったはずだ。なのに、テラはあの場で咄嗟に、ハナに逃げ道を残した。 「ルナが帰ってきた場合は、この限りではないって──最初からぼくと寝るつもりはなかったってことですか? あなたは最初から、ぼくが好きじゃなかった。ぼくが、オメガだから……っ」  言っているうちに、涙が一粒、こぼれた。  テラはサイドブレーキを引き、車を完全に停車させると、ハナを助手席に乗せた。震えながら蹲るハナを憐れむように一瞥し、テラはぽつりと呟いた。 「明から聞いたのか」  ハナは頷いた。  あの話が本当だとしたら、テラは最初からハナを騙していたことになる。本当に抱くつもりなどなく、弄ばれただけなのだとしたら……、ハナは自分の心がクシャクシャに縒れていく気がした。 「きみがオメガだから、あの一文を入れたわけではない。騙したことは悪かったと思っている。本当なら、明より先にきみに謝るのが筋だった。すまなかった、ハナ」  ハナは首を横に振り続けた。テラの片方の頬が赤く掠れているのが、視界の隅に見える。平手とはいえ、どれだけの力で殴られたのだろう。明との信頼関係に溝をつくってまで、どうしてテラは誓約書のことを打ち明けたのだろう。様々な疑問が脳裏を過ぎり、上手く考えが整頓できない。

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