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第14話 その日(6)

「謝らないでください。むしろ、謝罪すべきなのはぼくです。兄があんな野蛮な真似をして、すみませんでした。でも、最初から何もしないつもりなら、ぼくから兄に話す手段もあった」 「きみに任せる手は思いつかなかった。当事者であるのは、わたしも同じだからな」  テラには、ハナから明に誓約書のことを打ち明ける手段は、卑怯と映ったのだろう。 「相談もなく勝手をしたことは、詫びさせてくれ。だが、どうしても必要だったんだ。明に内緒できみを抱くことなどできない。きみがそれを望もうと望むまいと」  ルナが帰ってこなかったとしても、ハナの理解できない言葉で書かれた誓約書だ。読めないことを盾に、言を左右して誓約自体をなかったことにするつもりだったのかもしれない。 「ぼくは……っ、ひとりで期待してたぼくは、ばかみたいだ……」  思わず放った言葉に、ハナは自分でびっくりした。  期待。  確かに、期待があった、とハナは認めた。  テラの元へ行って、抱かれる。牧野に失恋して以来、ずっとそれだけを考えてきた。今日だって、テラが明に誓約書の存在を喋らなければ、約束は履行されたはずだった。ハナは、それを望んでいた。少なくとも、了解していた。テラに触れられなくなってから、夜がくるたびに、何度もテラの指先を思い出した。  テラを知らない頃のハナだったら、一縷の望みを託した、この裏切りに、胸を撫で下ろしていただろう。いつの間に、自分はテラを待望するようになったのだろうか。いつしか、テラと結ばれることを、切望するようになっていた。テラを受け入れることに、悦びを感じるようになっていた。 「浮かれていたから、バチが当たったんですね……」  だからこんなに憤っているのだ、とハナは今になって、自身のことを理解した。 「ハナ……」 「あなたは最初から、ぼくの決意だけを試すつもりだった。ルナが復帰したから、ぼくに触れる必要はなくなった。だから、理由をつけて、先延ばしに……」 「それは違う、ハナ」 「何が違うんですか。ぼくは、あなたのことが……っ」  好きだった。  好きだと言おうとした。  同時に、当然のようにそういう気持ちになったことが、ハナには衝撃だった。  思わず唇に指先を当て、自分の放とうとした言葉をハナは探った。これがどんなことを意味するのか、あとから理性が追いついてきて、示される。沈黙が痛かった。テラは、きっとハナのことを、友だちの弟ぐらいにしか思っていない。なのに、自分は……。

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