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第17話 誕生日プレゼント(1)

 誕生日が過ぎ、成人すると、オメガは一人前とみなされ、あまり煩く言わなくなる。  ハナもその例に漏れず、ニューヨークに出張中の父と、パリに長期滞在中の母から、それぞれ成人を祝うビデオメッセージが届き、唯一、日本にいる兄の明が、カジュアルフレンチの店に予約を入れ、兄弟水入らずでの夕食をセッティングしてくれた。  ワーカホリックの両親を持ったが、あまり寂しいとは思わない。彼らが忙しく働いている間に、ハナはオメガであることに悩み、どん底まで落ちたり、這い上がったりを伸び伸びとできたのだと思っている。  その日、ハナは成人祝いの席が設けられた店に行き、受付で名前を告げると、テーブルに案内された。  珍しいことに、いつも遅れてくるはずの明が、先にきて「先にやってるぞ」とシャンパングラスを揺らした。 「兄さん、早いね。今日は車じゃないの?」  ハナも席につきながら、尋ねると、明は少しぶすっとした表情で頷いた。 「ない。というか、仕事を抜けてきてる」 「えっ」  急な会議や出張が入るのはよくあることだったが、ハナはさすがに驚いた。せっかく成人して初めての、兄との食事会を楽しみにしていたのだ。食事がキャンセルになるかもしれないことに、がっかりしたハナだったが、残念だが、仕方がない、と思い直した。  明は学生時代に幾つかの事業を起こし、今はそれを、手広く成長させているから、多少、忙しいのはいつものことだった。 「そっか、じゃ、仕方ないね。ぼくひとりで食べても、つまらないし……」  また日を改めて食事を、という流れになるものだと、てっきりハナが思い込んで返事をすると、明はグラスをテーブルに置いて身を乗り出した。 「何を言っている。ひとりじゃないぞ」 「え?」  明がハナの後方に視線をやるのと同時に、ふわりと馴染んだ香りが漂ってきた。  大輪の薔薇の匂い。  ハナが驚いて振り返ると、ちょうど斜め後ろの死角になる場所に、テラが立っていた。 「テラ……?」 「これはどういうことなんだ、明」  テラの美貌が、周囲の空気をやにわに華やかなものに変える。地味なビジネススーツ姿に、ドット柄のタイをしていることから、仕事帰りなのだろう。 「きみがわたしを待っているのはわかるが、ハナが一緒だとは聞いていないぞ」  明に弁明を求めるテラに、ハナは突如、心臓が鳴り出す音を聞いた。急にテラの前に出ることになり、身なりが気になり出す。こんなところで逢うなんて、想定外もいいところだった。

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