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第17話 誕生日プレゼント(4)
フィレステーキにナイフを入れながら、顔が綻ぶ。柔らかく、ソースがとても美味しい。デザインも洗練されていて、目にする楽しさがあるのは、さすがに明の選んだ店だと思った。
シャンパンを勧められて、ハナは少しだけ、と言い訳をして、グラスに口をつけた。明はアルコールに強いから、自分ももしかすると、と希望を抱いていたが、口に含むと甘く、ふわっとなるのを感じただけだった。
メインを食べ終わった頃、そういえば二つ目の頼み事は何だろう、と考えていると、テラが片付けられた皿を尻目に、少し身を乗り出してきた。
「ハナ」
両手を組んで、ハナの方をじっと見る。
それから、真剣な表情で、テラは切り出した。
「二つ目の頼みごとだが」
「はい……」
「きみに、交際を申し込みたい」
「え……っ」
顔を上げると、テラの青い眸と視線が重なった。
「わたしと、つがい契約を前提として、付き合ってほしい、ハナ」
「──っそれ、は……」
テーブルに沈黙が降りた。
「嫌か? きみの想い人に、あんな仕打ちをしたわたしでは、きみに相応しくないかもしれないが」
「っそんなわけ……!」
「いや、急ぎすぎた。すまない」
身を乗り出したハナを、蒼穹の眸が寂しげに見る。テラがちゃんとしてくれようとしているのだから、それに応えたい、とハナは思った。
「正直……、牧野さんのことは、今も思い出すたびに、つらいです。でも、それはぼくの中では終わって、過去になりました。だから、もう……」
牧野のことは、忘却するのを待つしかない。
テラにはたくさん助けてもらった。その分、前を向きたいとハナは思った。
「そうか……」
テラは頷いて、安堵したように、組んでいた手をほどいた。
「なら、考えてみてくれ。今すぐに返事をくれなくてもいいから」
「は、はい……」
心臓がドキドキして、熱が上がった気がした。
デザートのジェラートがくると、テラはハナに少し笑いかけ、優雅な指先で新しいカトラリーを握った。
指先が動き、少し力を込められるたびに、スプーンが喜んでいるような気がする、美しい所作だった。その指で触れられて、高められた時のことを、ふと身体が覚えていることに気づいた。
(あれ、ぼく──)
──もしかして、欲情してる……?
意識した途端に、腹の中が飢えていることに気づく。
何かを──正確には、テラの指を望んでいる身体の声に、ハナは恥ずかしくなって、思わずカトラリーを皿の横に置いた。
発情の兆候とは明らかに違うが、喉が渇いて、ネクタイをしている首元がやけに苦しい。
ハナは、湧いてくる違和感を振り払うために、ひとつ首を横に振ると、目の前のデザートに集中しようとした。
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