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第19話 懊悩(1)(*)

 ミシンを勢いよく踏み込む、不規則な音が部屋に響く。  月に一度の試着兼採寸会のあとは、直しが馬鹿みたいに入るため、テラの徹夜が続くことを、ハナは初めて知った。プロデューサー業は趣味でやっているだけで、普段は本業の貿易業に勤しんでいるわけだが、繁忙期が重なると、睡眠時間を削らざるを得ないという。縫い上げたもののサイズ調整が主だが、新衣装の製作も含まれるため、作業は膨大な量になった。  ハナは、大学のあとにスタジオ「ピアンタ」へ通う生活を続けていたが、最近では、夜はテラのペントハウスに寄って、何か手伝うことを探しながらテラの様子を見るのが、日課のようになっていた。  テラは集中すると、周りが見えなくなるタイプらしく、食事や睡眠を疎かにする性格だとわかったからだった。新入り見習い状態のハナにできることは少なかったが、少しでも規則正しく食べて、眠る生活を送ってほしかった。  だが、深夜に及ぶ作業を待っていると、ついテラのミシンへ向かう背中を見ながら、壁にもたれて、うとうとと眠り込んでしまうこともある。その日も、夜中まで作業をしているテラの背後で、いつしか眠ってしまっていた。  気がつくと、静まり返った部屋の隅にいるハナに、テラが毛布を掛けてくれたところだった。 「あ……?」 「起こしてしまったか」  温もりを感じて目を開けると、すぐ傍にテラの整った顔があった。作業が一段落したらしく、床の上で眠りこけているハナに毛布をかけ、そっと抱き上げた。 「んん……」 「もう遅い。少し眠ってから帰るか? ちゃんと送り届けるから、心配はいらないが」  甘えた声を出すと、テラが静かに言った。  身じろぎすると、「落ちるから大人しくしていなさい」と言われる。  ゆらゆら揺られて、主寝室のベッドに寝かせられる。最近は、週の半分は、こうしてテラのベッドで仮眠をとってから帰るようになっていた。  悪いと思いながらも、ハナは身を委ねた。衣擦れの音がして、部屋を出ていくテラの気配がする。洗面所を使う水音がしばらくしていたが、やがてシャワーを浴びたテラが、ハナのすぐ横に這い込んできた。 「テラ……?」 「一緒に寝ても?」 「かまいませんが、狭くないですか?」 「わたしにはちょうどいい」  甘えるようにハナを片腕に抱いて、「キスをしても?」と尋ねる。頷くと、額にひとつ、触れるだけのキスをされる。ハナがくすぐったくて視線を上げると、テラの顔が驚くほど近くにあった。フットライトのみの暗闇の中、ハナに向けられた睫毛が、キラキラと光を零している。

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