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第20話 恋というのは(1)

「今年のうちに、一度、イギリスへ戻らないとならなくなった」  その日、テラからそう聞かされたハナは、咄嗟のことに上手く返答できなかった。 「そうですか……。いつ頃ですか?」  平静を装い尋ねるが、思わず両手をぎゅっと握る。 「水曜日の便に乗る予定だ。きみは? 何か予定があるか?」 「ぼくは、大晦日に兄と一緒に年越しするぐらいです。他は何も」  いつもどおりの正月ならば、家で過ごすことになるだろう。兄の明も年の瀬に仕事を入れないようにしてくれているようだったので、二人で年越し蕎麦を食べ、新年の挨拶をするつもりだった。大学の友人も何人かできたが、オメガやアルファには、まだお目にかかったことがない。彼らのことは好きだったけれど、まだ親しい関係を築くまでには至っていなかった。  今年はテラと年越しができるかもしれない、と思っていたが、忙しい中、時間を割いて逢ってくれるだけでも、十分に幸せなはずだった。なのに、どこか欠けた気がするのは、欲張りだ、とハナは自分を諌めた。  受け身で関わるだけで、テラの要求に応えることが、たぶんちゃんとできないことを、自覚していたからだ。テラに請われ、許可するだけの、与えられるだけの関係に、最近、とみに限界を感じる。親愛の情すらテラひとりから受け取るばかりで、十分に返せていない。テラは決して面と向かって不満を口にしたりしない分、面倒になったり、寂しくなったり、飽きたりしないか、ハナは不安だった。 「そうか。きみの家ではご両親は不在がちなのだな」 「父も母も、ワーカホリックなので。ビデオ通話ができるだけで、ぼくは満足ですが」  金融機関の長をしている父は、ニューヨークから一度は帰ってくるものの、新年早々、またすぐにフロリダに発つ予定だと聞いていたし、母は活動拠点のパリから動かないようだった。いつものことなので、明もハナも、織り込み済みで予定を立てている。  イギリス行きの話をされて、どんなところなのか、行ってみたい気持ちもあったが、パスポートもない以上、迷惑だろうし、言い出す気分にはなれなかった。しばらく逢えないのは残念だが、今はメールも電話もある時代だ。 「国際電話をかけるよ」 「楽しみです。あ、でも時差が」 「それぐらい、何とでもなる。だいたい、父に逢いにゆくだけだから、すぐに帰ってくる」  テラが日本へきたことで、仕事上の様々なことに対し、説明が必要らしかったが、それぐらいしか、里帰りの理由がないのだと皮肉るのが寂しげだった。

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