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第21話 出立(1)
「忘れ物、ありませんか?」
大晦日の前日に、寝室で荷物をパッキングしているテラに尋ねると、頷かれた。
「足りないものは、現地で調達する。問題ない」
今日の午後遅くの便に乗るので、旅装を手伝って欲しいと言われたが、旅慣れたテラはひょいひょいと必要最低限の荷物を、ほぼひとりでまとめると、ハナを居間のソファに座らせた。思うに、荷物の選定は、単にハナに逢いたい口実だったのだろう。
それでも、求められれば、嬉しくないはずはない。シャワーを浴びるために、バスルームへ消えたテラを尻目に、ハナはニュースをザッピングした。日本語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、様々な言語で流れてゆくニュースを聞くともなく聞いているうちに、水音が止んで、白いパイル地のバスローブ姿のテラが、浴室から出てきた。
「着替えるから、少し待ってくれ」
ローブの胸元がはだける姿を見たハナは、ドキドキしながら視線を逸らした。目に焼きついた白く逞しい胸元に、吸い付きたがる視線を、どうにか堪える。テラの砕けた格好は見慣れているつもりだったが、これほど肌を露出したところを見るのは初めてだった。
やがて、無地の青みがかった地味なタイを締めたテラが、ハナの隣りに腰掛けた。
昨夜遅くまで書類の整理をしていたらしいテラは、まだ少し眠そうだったが、流れるニュースを上の空で聞いたあと、映画専門チャンネルを選択し、溜め息をついた。
「明日の今頃はロンドンか。憂鬱だな」
言いながら、ハナの髪を一房、指先でくるりと丸める。
「せっかく帰るなら、観光する時間ぐらいあるといいですね」
「シティにいる父を探すのは、骨が折れるんだ」
「待ち合わせをしないんですか?」
「しても、すっぽかされる」
溜め息をつきながら、ひとりの兵士が爆発をバックに、必死の形相で走る場面が流れてくるのを見て、「これが、わたしの今の心境に一番近い」と述べる。
「戦場が?」
「戦場だよ。まさしく。父の前でのわたしは、まあ、下士官のようなものだ」
愚痴を言いながら、くるくるとハナの髪を巻き取る。ストレスを感じると、テラはそれをしたがることを、ハナはもう短くはない付き合いの中で、学んでいた。
本当なら、こんなに嫌がるテラを、独りでイギリスに行かせたくなかった。それができないなら、少しでもその憂いを慰めたい。
けれど、ハナが進んで手をつないだり、キスをしたり、抱きしめたりすることはできない。親愛の情があるのに、それを表に出せないなんて、もどかしくて気持ちがおかしくなりそうだった。
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