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第21話 出立(6)(*)
愛撫は全部、覚えていた。
喉笛を甘噛みされたこと。
鎖骨のくぼみを舌でなぞられたこと。
乳首を弄られて、感じてしまうこと。
脇腹のくぼみを、指の腹でそっと押されると、たまらないこと。
ハナの動きが、徐々に大胆なものになってゆく。涎にまみれた指が肌を這う感触に、羞恥と興奮を同時に感じるのは、テラが見ているからだった。
「は、ぁ、テラ、ッ、ん、ぅ、テラ、ぁあ……っ」
やがて、下腹へと指が伸び、屹立した陰茎にハナが触れようとした時。
「ストップ」
テラが硬い声とともに、ハナの両手首を拘束した。
「ぁ……っ」
止められると思わなかったハナが、熱で潤んだ視線を恐るおそるテラへと向ける。
すると、テラは深い溜め息をつき、首を横に振り、眉を顰めた。
「それ以上は必要ない。わたしが困ることを、きみはしている」
「っ……」
心臓が竦み上がるような、冷徹な声だった。
「は……ご、め、っ……」
息が詰まって、すぐには呼吸を再開できない。
落ち着いて、再び呼吸をして、震える身体を叱咤して、ハナは再び謝罪した。
「ご、ごめんなさい。ぼく、こんなで……ごめんなさ」
「ハナ……」
テラは失望したのだ。清純で純潔なはずの人間の、カマトトぶった醜い欲望を露わにした姿に、こんなはずじゃないと、こんな人間ではないはずだと、思ったのだ。先走った末に嫌われて、恋が醒めたとしたら。ハナはどんな顔をしたらいいか、自分でわからなかった。
ぎこちなく、ソファから退くと、床からシャツとジャケットを拾い上げたハナは、テラに背を向け、衣服を着はじめた。とてもテラの顔をまともに見ることなど、できなかった。震えて、涙が出てくる。でも、この顔だけは見せるわけにはいかない、と思った。テラが何をどう思ったにしろ、責められるべきなのは、行動したハナの方だからだ。
シャツの釦を留め終わった時、テラがすぐ背後にきたのが気配でわかった。
「あの、わす、忘れて、ください……。今、さっきのは、なかったことに……っ」
振り返れずに、思わず自身の身体を腕で抱いた。羞恥のあまり、逃げ出したかったが、ハナが沈黙し、唇を噛むと、テラの低い声が苦々しく言った。
「──きみは、どこまで無茶を……っ」
刹那、背後からテラの腕に抱きしめられ、ハナは言葉を失った。テラは震えていた。うなじに熱い息がかかり、ハナは痺れて動けなくなった。
「きみは何もわかっていない。わたしのことなど、何ひとつ、わかっていない……っ」
「テ、ラ……? あの、っ……!」
恐るおそる横を向いた途端、大きな手に顎を掴まれて、上向かされた。そのまま唇が、テラの唇で塞がれる。とっさに身体に入った力に狼狽したハナに、テラはまるで詫びるように、唇を重ねる。
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