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第21話 出立(9)(*)

「──っ」  ベッドヘッドに置かれた時計の、無情なアラーム音を、テラが止める。 「……」  しばらく無言だったテラは、やにわにハナを抱きしめ、大きく溜め息をついた。  視界が涙でぼやけたまま、ハナは覆いかぶさってきたテラの背中を、トントン、と慰めるように叩いた。身体は引き返せないほど、昂ぶっていたが、ハナは何とか呼吸を正常に戻そうと努力した。 「飛行機、ですか……?」  恐るおそる尋ねると、テラは悔しげに呻いた。  だが、水を差されたのは仕方がない。ハナは、黙して語らないテラのかわりに、何とか意識を立て直し、声を掛けた。 「ぼくなら、大丈夫です、から……」  しかし、テラから返事がなかった。  ハナを抱きしめる腕に力が込もり、不満げな唸り声を上げはするが、一向に離そうとしない。まるで大きな駄々っ子のようで、ハナは愉楽に揺れる脳裏を何とかしゃきっと保ち、再び声を掛けた。 「テラ……? もう時間、なんでしょう……?」 「……きみは鬼か」 「え……? ぁっ」  不機嫌な声で言うなり、鎖骨に噛み付かれた。 「っ、のら、乗らないと、もう……っ」 「きみになら、今、乗っている」 「ちが、くて……っ」  こんな時に、どうしようもない冗談を言っている場合ではない、と小さく抵抗するハナを、テラは身を起こすと、不満げな眸で睨んだ。 「こんな状態でお互いに離れて、二時間もったら表彰ものだ」 「でも、テラ……」  言いながら、あのテラでさえギリギリなのに、自分が待てるわけがない、とハナは思った。しかし、こんな我が儘を恋人に強いるなど、できない。どうしたらいいのか、本当にわからなくなったハナの視界は、歪に涙が滲んだ。  離れたくない。  でも、兄との約束がなくとも、それを口にできそうになかった。 「……そんな顔をするな、ハナ」  しばらく見つめ合い、テラの指がそっとハナの涙を拭ってくれた。 「今はきみが最優先事項だ。便はあとで取り直せばいい」 「……っ」  沈黙のうちにハナの見せた躊躇いを、テラは振り切るように、吐き捨てた。 「だいたいこんな状態のきみを置いて、イギリスになんか帰れるか」  苛立ちを含んだ声で言うと、テラはニヤッと笑った。 「もうお預けを食らうのはまっぴらだ。きみが欲しい。きみは、欲しくないのか……?」 「……!」  テラの言葉に、ハナは核心を突かれ、ハッとした。自身の欲望に素直になってもいいのだと、今まで心の中に巣食っていた霧のようなものが、晴れていく。 「──しい、ほし、い」 「ん……?」  テラから希まれた以上、もう、何を言っても、いいのだ。 「ぼく、も、あなたが、欲しいです。テラ。ぁ、ぁっ……!」

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